20050626 良貨は悪貨を駆逐するか(2)
悪貨が良貨を駆逐する。これを「悪人がはびこると善人が隠れてしまう」様子を喩えて使う場合がある。これは適切な用法だろうか。以前に、適切ではないと書いた$${^{*1}}$$。
同じ額面の貨幣を二種類流通させれば、必ず品位の高い方は退蔵され、低い方ばかりが世間に出回る。この逆は考えられない。財布の中に新しい新品の札とぼろぼろの古い札とがあった場合、ぼろぼろの方から使いたくなる。額面も価値も変わらないはずの紙幣でさえこうなのだから、品位に差があれば必ず高い方が退蔵される。悪貨は必ず良貨を追い出してしまう。良貨が悪貨を追い出すことは絶対にない。
経済的に不安定な国においては、自国通貨よりも他国通貨が沢山出回っている場合があるらしい。いつ紙切れになるか判らないような自国通貨よりも価値が安定している他国通貨を日常に使うのは普通の感覚である。この場合、不安定な自国通貨を悪貨、安定している他国通貨を良貨とすれば「良貨が悪貨を駆逐する」と言えるだろうか。
言えない。紙幣には品位の差はない。あるのは国が決めた価値と対外的な価値だけである。それに対して金貨や銀貨はそれに含有する金や銀その物に価値$${^{*2}}$$がある。国が決めた価値が本来の価値よりも高い悪貨でも、紙幣のように紙くずになることはない。いつ紙くずになるか判らない自国通貨と本来の価値が低いが額面が同じ悪貨とでは比較できない。良貨、悪貨の意味が違う。
やはり「悪貨が良貨を駆逐する」は金や銀などの物質の価値に依存する通貨制度での話であって、善悪の勢力の喩えにはならない。どう考えても誤用である。
言葉は、誤用でもみんながそれを使えば正しい用法になってくる$${^{*3}}$$。これを「悪貨が良貨を駆逐する」と言ってもいいのだろうか。
*1 20020920 良貨は悪貨を駆逐するか
*2 『金融研究』巻頭エッセイ 第1シリーズ 「貨幣の歴史」 1-13 一円金貨・一円銀貨 -円の誕生-
*3 20020110 細君