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20050629 電子ビームで施したマルチコーティング

 カメラ関連の雑誌を読んでいたら「電子ビームで施したマルチコーティングのおかげで云々」という表現があった。レンズの話である。

 電子ビームとは電子の高速な流れを指す。身近なところではテレビジョン受像機のブラウン管$${^{*1}}$$の中でこの電子ビームがひっきりなしに流れている。この電子ビームはブラウン管の内側に塗られている蛍光物質$${^{*2}}$$を光らせる程度のエネルギーしか持っていないが、流れる電子の量が多くなれば、金属を溶かして溶接$${^{*3}}$$などもすることができる。

 マルチコーティング$${^{*4}}$$とはレンズ表面での光の反射を低減する技術$${^{*5}}$$で、ガラスなどでできたレンズの表面に非常に薄い透明な膜を何層も塗りつけることである。多層反射防止膜ともいう。

 それではこの「電子ビームで施したマルチコーティング」したレンズとは一体どんなことをしたレンズなのだろうか。「電子ビームで施す」と言うくらいだからレンズに電子ビームを照射しながら反射防止膜を付着させたのだろうか。何かとてつもなく高度な技術$${^{*6}}$$をレンズに対して施しているような雰囲気がするが、そうではない。

 レンズのコーティングは通常、真空蒸着$${^{*7}}$$という方法を用いて行われる。真空中でコーティング膜の材料を熱で蒸発させて、その蒸気をレンズに付着させて膜を作る。蒸発させる材料は、通常、固体で簡単に蒸発するようなものではないので、お湯を沸かすようには大量には蒸発しない。従ってレンズに付着する膜も非常に薄いものしかできない。逆にそういった制約を利用すれば膜の厚さを精度良く制御することができる。

 真空蒸着において膜を作る材料を加熱するには様々な方法$${^{*8}}$$がある。その一つに電子ビームを用いる方法$${^{*9}}$$がある。電子ビームは金属を溶かすことができるので加熱も簡単にできる。電子ビームを使うと蒸発量を精密に制御できるので、コーティング膜の厚さをレンズの設計通りにすることが容易になる。

 電子ビームを使うのは蒸発前のコーティング膜用材料に対してであって、レンズやコーティング膜に対して「施している」わけではない。電子ビームで加熱した蒸気は通常の加熱による蒸気よりも温度が高くなったりして、でき上がる膜の光学的性質が改良されたりする$${^{*10}}$$可能性はある。

 「電子ビームで施したマルチコーティングのおかげで」というのは言葉が足りない。真空蒸着とか加熱方法といった言葉がないと正確に伝わらない。「電子ビーム」は何やら高度な技術の雰囲気を醸し出してくれる言葉だが、「蒸着」と言うことばは一般的ではない。「特殊製法のマルチコーティング」で十分の筈だが、短く恰好のいいことを言おうとして「電子ビーム」だけを残したため変な表現になってしまっている。

*1 20020901 蛍光表示管
*2 20000127 ネオジム
*3 三菱電子ビーム加工機 --- 技術紹介 溶接性能 ---
*4 反射防止膜基板(AR)
*5 Q&Aコーナー
*6 わかる入門講座:ナノテクの世界、その3 - 文部科学省 ナノテクノロジー総合支援プロジェクトセンター
*7 身近な真空
*8 真空蒸着とは・原理
*9 電子ビーム蒸着用電子銃
*10 反射防止膜(EBCコーティング)

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