
20000310 机上の空論
穴を掘るという作業には穴を掘る対象を「削る」、その削りカスを穴から「出す」という行為に分解できる。地面にスコップで穴を掘る場合、スコップで土を「削り」、その土をスコップまたはバケツなどで穴の外に「出す」。映画「大脱走$${^{*1}}$$」でも脱走トンネルの土をドイツ兵に見つからずに如何に外へ出すかという課題があった。
ドリル$${^{*2}}$$での穴加工でも同じである。ドリルの螺旋溝を伝わって削りカスは穴の外に排出される。原理的にはドリルを長くすればいくらでも深い穴を掘ることが出来る。しかし穴の大きさをどんどん小さくしようとすると問題が出てくる。例えば直径0.1mmのドリルを作るのはなかなか出来ない。
そこで光、電子、イオンをドリルの代わりに使って細い穴を掘ろうとする。これらは元々非常に小さいものだし、光なんぞは大きさすらない。だからこれらに高いエネルギーを与えて、一点に集中してやれば非常に小さな穴が掘れそうである。
確かに高いエネルギーを持った粒子や光が当たれば対象を「削る」ことが出来る。しかし穴がどんどん深くなると削りカスを穴の外に出すことが困難になる。極微小なバケツというのはない。
そこで考えたのはその削りカスを自発的に細い穴の中から出す方法である。バケツでカスを排出させるのではなくカスが勝手に外へ出ていく方法である。
そこで光を使う。レーザ光$${^{*3}}$$を使えばエネルギーを高密度にすることは比較的容易である。光の波長が短いレーザを使うと穴を掘る対象が光のエネルギーで融けて蒸発するという過程を経ずに、レーザ光が対象物質を構成する原子と原子との結合を直接切断$${^{*4}}$$してしまう。
原子間の結合の担い手は電子であるので結合が切れた拍子に電子が飛び出す。原子に比べて電子は非常に軽くて電磁気学的に小さい$${^{*5}}$$ので簡単に飛び出してしまうが、原子はその場所に取り残される。電子を失った原子はプラスイオンとなる。
レーザ光はどんどん電子を飛ばしていくので、レーザ光が当たった部分には正イオンがどんどん溜まっていく。すると互いに反発し合ってイオンが溜まった部分から正イオンが飛び出してくる。これを「クーロン爆発$${^{*6}}$$」という。クーロン力$${^{*7}}$$によるイオンの塊の爆発という意味である。
この爆発を利用して細い穴から削りカスとなった正イオンを排出させるのである。これで自発的にカスを排出させる方法が出来上がった。穴のそばに負電極を備え付けてやれば更にカスが穴から出やすくなるだろう。
この新しい原理を同僚に説明したところ、「まさに机上のクーロンだな」。
*1 大脱走 (1963年)
*2 『バカドリル』
*3 FAL-F3000
*4 レーザアブレーションを利用した新規な金属イオン源の開発
*5 20000302 電子の大きさ
*6 超短パルス高強度レーザーシステムT6
*7 1個の電荷が周囲に作る電場