スタートアップによるM&A戦略・VCから見た論点
2024年11月15日配信の「GCP HOUSE」で語った『スタートアップにおけるロールアップモデル』の中で言及した、私自身のX投稿の内容をまとめたnoteです。
スタートアップによるM&A戦略 類型 3選
①ロールアップ(水平型M&A) 同種同業の買収。特に小規模企業を連続的に買収する戦略をロールアップと呼ぶ。
例:アミューズメント施設や医療施設のロールアップ(GENDA、シーユーシー)
②ボルトオン(補完型M&A) 既存の主力事業を補完・強化する目的で実施する買収戦略。
例:SaaSのマルチプロダクト戦略(SmartHR、アンドパッド)
③バーティカル(垂直統合型M&A) 供給サイドから需要サイドまでのバリューチェーンのカバー範囲を伸ばすような買収戦略。
例:ライドシェア運営会社によるタクシー会社の買収(newmo)
・ロールアップは、例えるならセブンイレブンが小規模のコンビニチェーンを連続的に買収して全部をセブンイレブンに塗り替えていくようなイメージの、いわば「同質化のM&A」。
・ボルトオンは逆に、既存事業とは異なるドメイン(機能やユーザー基盤など)の事業を買収することで事業全体を強化する「組み合わせのM&A」。
・バーティカルは、商流における異なるポジション、ケイパビリティを持つ事業体をマージすることで付加価値創出能力を高めていくような「インテグレーションのM&A」。
①と②に関してはこれまでもある程度事例が存在すると思いますが、③のバーティカル型に関してはこれまで目立った事例がないというところで、昨今関心が高まってきているのではないかと思います。
また、バーティカル型についてはM&Aそのものの巧拙よりもTech-enabled戦略により付加価値をどれだけ高められるのか、インテグレーションしているからこその独自の提供価値・Moatはなんなのか、といった観点が重要になるでしょう。
M&A戦略の類型に関する網羅的な整理ではありませんが、スタートアップが取りうるM&A戦略は主にこの3つではないかと思います。戦略を議論する上での論点整理の一助になれば幸いです。
(補足:上記3つ以外にも、「アクハイア型バイアウト」もスタートアップでは活用されていると思いますが、事業戦略というよりは人材獲得戦略の一環だと思うので記載していません。)
バーティカル・インテグレーション型M&Aに求められるイノベーションの視点
労働生産性が向上する要因は以下の3つに分類されるといわれます。(注)
①資本投入の増加(生産設備/ソフトウェア等)
②労働投入の増加
③上記2つを除いたその他の要因(全要素生産性)
①は資本投入を続けると供給能力の過剰により価格下落を招いたり、稼働率が下がって資本生産性が低下するなどの限界があるため、無限に増加させられるわけではありません。
また②については有限性が自明であり、かつ我が国では労働年齢人口の減少傾向が継続する見通しです。
③は、①と②を差っ引いたあとに残る「定量的に捉えきれない要因による効果」であり、これが技術、ノウハウ、オペレーション等における革新性=イノベーションと呼ばれる要素です。 スタートアップとは、資本投入や労働投入よりも圧倒的にイノベーションの寄与による生産性革命が起きている企業であるといえるでしょう。
さらにいえば、我が国の労働生産性及び付加価値創出を向上させるために最も必要なのがイノベーションであり、それを生み出すための貴重な人的資源が「起業家」であると思います。
重要なのは、単にIT投資で業務効率化して労働投入を減らすのでは労働生産性と資本生産性をトレードしているに過ぎず、付加価値(≒粗利)が増えなければ意味がないという点です。 すなわち、必要なのは売上を圧倒的に増加させ、かつ粗利率を引き上げることができる革新的なアプローチであり、スタートアップで鍛えたイノベーション創出のノウハウをいかに伝統的産業に適用させるか、またM&Aを活用してインテグレーションするからこそ実現できる提供価値というものをどう生み出すかについて、今後も考えていきたいと思っています。
(注) 参考資料: 「労働生産性の向上に向けた 我が国の現状と課題」(厚生労働省 2016年)
https://www.mhlw.go.jp/wp/hakusyo/roudou/16/dl/16-1-2.pdf
イノベーションとユニットエコノミクス
投資家は「ユニットエコノミクスの優位性」をどのように見ているのかという点に関するわかりやすい事例をひとつ。Sozoベンチャーズの中村さんの著書で、米国の国際物流SaaS企業であるフレックスポートに投資した時の着眼点が描かれています。
ユニットエコノミクスの優位性の要因分析をした結果、
・極めて複雑な関税手続きを、AIを活用して自動化している。
・船の選定、関税手続きや貿易金融、貿易保険などの補完業務を一気通貫にデジタルしている。
・一見よく似た輸出業務のデジタル化企業はあるものの、真なる競争相手はいない状態。
と結論づけています。
(フレックスポートの直近ラウンドでの評価額は80億ドル。)
このように、定量的に同業他社と圧倒的な違いがあるといえる企業について、投資家は「なんらかのイノベーションが起きているはずだ」と考えます。そしてイノベーションとは、資本投入と労働投入の差からだけでは定量的に説明しきれない「何か("X")」であるため、その要因について徹底的に調査し、仮説を立てます。
起業家の仕事はこの逆のアプローチで、「こういう仕組みを作り上げれば、同業他社と比較して圧倒的な定量的差分を生み出せるはずだ」と仮説を立て、それを自己実現する、というものです。そしてそれが実現した場合、圧倒的に優位性のあるユニットエコノミクスとして現れる、というわけです。
ロールアップ・スタートアップが成功するための条件
これまでスタートアップはリアルビジネスと連携したDXという文脈で事業領域を拡大してきましたが、ほとんどのケースはプロバイダー(事業者)にITサービスを提供するベンダー(SaaS等)の立ち位置でした。
近年はさらにベンダーの立ち位置を超え「プロバイダーまでを包含した事業モデル」が提唱されており、そのモデルを実現する一つの方法が既存プロバイダーの買収を繰り返して事業成長を目指す「ロールアップ戦略」です。本稿ではロールアップ戦略が成功するための条件について考察します。
(1) ロールアップ戦略とは
ベンダーからプロバイダーへ
わかりやすい例を挙げると、ホテル事業者(プロバイダー)にSaaSを提供するのがベンダーですが、スタートアップが実際にアセットを持ちホテルの経営まで手がけ、リアルビジネスの提供者になるということです。
ロールアップ戦略の課題
リアルビジネスが属するインダストリーの類似企業に適用されている低いマルチプル(PER)が自社にも適用されてしまうという課題があります。スタートアップはIPO時のマルチプルが高くつかないと大きなエグジットにはなりませんが、SOTP分析(事業の構成要素を分解して類似会社のマルチプルを適用して評価するという手法)だとプロバイダー部分とベンダー部分が別々に評価されるため連結ベースのマルチプルが低くくなりがちです。
(2) ロールアップ戦略の成功事例
M&Aによる非連続成長の実現
ロールアップ戦略を採るGENDA(アミューズメント施設)とSHIFT(SIer)の2社を例に挙げると、以下のようにM&Aを活用しています。
① GENDA:2024年2-4月期のEBITDA YoY+50%成長のうち、既存事業+10%・M&A+50%(本社費用増で-10%)
② SHIFT:2030年までの中期計画において売上高目標3,000億円のうち1,000億円程度をM&Aで創出する
多数のM&AとPMIを実行した実績があることで、類似企業の低いマルチプルではなく「M&Aで非連続な成長を創出できる会社」というSOTPによらない評価(GENDAはPER 約30倍、SHIFTはPER 約40倍)となっています。
(3) ロールアップ戦略が成立するための条件
マルチプルアービトラージの成立が必須
マルチプルアービトラージとは、EBITDAの3〜4倍で買収した会社が上場した際に10倍以上で評価される、といったアービトラージを狙う戦略を指します。この戦略が成立するために重要なのが「エントリーEBITDAマルチプル」を低く保つことです。 例えば、エントリーがSHIFTの場合5x以下(注1)、GENDAの場合(おそらく)4x以下(注2)と仮定すると、SHIFTは上場市場でEBITDAマルチプル20倍程度、GENDAが同10倍程度で評価されているため、両社はマルチプルアービトラージが成立していると言えます。
(SHIFTがDebt 5億円でEBITDA 1億円の会社を買収すると株式時価総額が20億円増加することになる。)
普通に考えるとリアルビジネスを買えば買うほどSOTP評価になってしまう=類似企業の低いマルチプルに引っ張られてしまうことになりますが、ロールアップ戦略の再現性とスケーラビリティがあると見做されればその限りでなく高いマルチプルで評価されうるという事例です。
マルチプルアービトラージが成立するための条件
アービトラージが成立するための条件は以下のようなものがあると思います。
① 情報の非対称性:バイヤーとセラーの情報マッチングが活発でない、コンペになりづらい領域であること
② セラー固有の事情:セラーが一定期間のうちに売却する意向を決めていること(高齢の場合など)
③ 対象事業の低成長性:スタンドアローンでの成長可能性があまりないこと ④ バイヤーとセラーの共感:バイヤーのビジョンへの共感など、(コンペにならずに)セラーの意思決定の背中を押すような要素があること
必須となるケイパビリティ
例えばGENDAは直近1年間で19件もの買収を実行していますが、ロールアップ戦略の再現性とスケーラビリティを実現するためには2つのケイパビリティが必須だと思います。
① 強力なソーシングチーム:情報の非対称性が大きい領域において買収対象となりうる会社を多数ソーシングできるようなチームの存在。
② ファイナンシャルリテラシーが極めて高いCFO:銀行借入を活用するための高い水準のALM、会計戦略、高いPERを保つためのIR能力など。
(注1:SHIFT「今後の M&A/PMI 戦略および 「SHIFT グロース・キャピタル」に関する説明会」2022年3月)
(注2:GENDA「M&A 進捗状況及び第1四半期見通しについて」2024年4月)
(END)