
「モバゲーで出会ったJKと、4年越しの再会」
17歳の頃、俺はモバゲーにハマっていた。あの頃はスマホなんてなくて、みんな折りたたみのガラケーを片手に、ポータルサイトの掲示板やプロフ機能を駆使して交流していた時代だ。
夜な夜な誰かとチャットをし、共通の趣味の話題で盛り上がる。そんな中で、ある日ひとりの女の子と出会った。
名前はかすみ。広島に住む同い年の高校生で、プロフには横顔の写真が載っていた。サラサラの黒髪、少し切れ長の目。どことなく大人びた雰囲気を感じさせる子だった。
俺らは意気投合した。お互いに音楽の趣味が似ていたし、好きな映画の話題でも盛り上がった。毎晩のようにメッセージをやり取りするようになり、気づけばかすみと話すことが日課になっていた。
けれど、俺は群馬に住んでいて、かすみは広島。物理的な距離はあまりにも遠かった。会うことなんて最初から考えていなかったし、むしろ会えないからこそ、俺らは気楽に何でも話せたのかもしれない。
「好きな人とかいるの?」
ある日、俺がそんなメッセージを送ったことがあった。
「うーん、どうだろう。ネットの人に恋するのって、ありなのかな?」
かすみはそんな曖昧な返事を寄こした。俺はその言葉の意味を深く考えることもなく、「まぁ、会えないしな」とだけ返した。
そんな関係のまま、時が過ぎていった。
それから4年が経った。
21歳になった俺は、相変わらず群馬でのんびりと暮らしていた。大学には行かず、地元の仕事をしながら、特に大きな変化もなく日々を過ごしていた。
ある夜、ふとモバゲーのことを思い出した。懐かしいな、と思いながら、何気なくかすみにメッセージを送ってみた。
「久しぶり。元気?」
数分もしないうちに、返信が来た。
「えっ!? まじで懐かしいんだけど! 元気だよー!」
テンションの高い返事に、思わず笑ってしまう。
少しやりとりをすると、かすみが「今は東京にいるよ」と言った。大学進学で、地元を離れたらしい。
「え、じゃあ東京で会えんじゃん」
俺が勢いで送ると、すぐに
「ほんまや! 会おうよ!」
と返事が来た。
こうして、俺たちは4年越しに初めて会うことになった。
待ち合わせ場所はお台場。
東京に慣れていない俺にとって、“都会”といえばまずお台場だった。海沿いの景色もいいし、観光地だから初対面でも気まずくならないだろう、という考えもあった。
当日、俺は少し緊張していた。写真では何度も見ているとはいえ、実際に会うのは初めてだ。4年前のかすみと、今のかすみは違うかもしれない。
駅前で待っていると、向こうから手を振る女の子が見えた。
「久しぶり!」
かすみは、あの頃の写真よりも少し大人っぽくなっていた。黒髪は肩のあたりまで伸びていて、ナチュラルメイクがよく似合っている。
「久しぶりっていうか、初めましてだよね(笑)で、ほんとにいるんだな……」
俺が思わずつぶやくと、かすみはクスッと笑った。
「そりゃいるでしょ。……けど、なんか変な感じ」
「だよな」
4年分の空白を埋めるように、俺らはぎこちなく笑い合った。
お台場では、あちこちを歩きながら、昔話に花を咲かせた。
「あの頃、俺らめっちゃ毎晩メッセージしてたよな」
「ね。寝落ちするまで話してた」
「けど、恋愛の話とかはあんまりしなかったよな」
「うん。でも、ちょっとは意識してたかも」
かすみが、海を見つめながら呟く。
俺は心臓が少しだけ跳ねるのを感じた。
冗談なのか、それとも本音なのか。かすみは俺を見ずに、静かに潮風に吹かれていた。
夜になると、観覧車に乗った。カプセル型の車内に二人きりになると、さすがに緊張する。
「なんか、あんまり目合わせられへん」
かすみが笑う。俺も同じだった。
「4年前なら、絶対にこんなことなかったのにな」
「それな」
観覧車がゆっくりと上昇していく。外の夜景が、だんだんと広がっていく。
「……次、どこ行く?」
かすみが、ふと俺の方を向いた。
「東京タワーとか行ってみる?」
「いいね、行こ!」
タクシーを拾い、俺らは東京タワーへと向かった。
東京タワーは、ライトアップされたオレンジ色の光が夜空に映えて、幻想的だった。
「うわぁ、めっちゃきれい……」
かすみが、小さく感嘆の声を漏らす。
展望台に上がり、二人で夜景を見下ろした。眼下には無数の光が広がっていた。
「すごいね、東京って」
「そうだな……」
隣にいるかすみの横顔を、俺はふと見つめた。
17歳の頃、毎晩メッセージを交わした相手が、今こうして隣にいる。
「……このあと、どうする?」
俺の問いに、かすみがゆっくりと振り向いた。
「……うん、どうしよっか」
その瞳には、ほんの少しだけ迷いが混じっていた。
俺は静かに、かすみの手を取った。
俺がかすみの手を取ると、彼女は少し驚いたように目を丸くした。でも、すぐに力を抜き、指先が俺の手に絡む。
「……行こっか」
かすみは、静かにそう言った。
俺らは展望台を降り、タクシーに乗った。
車内は静かだった。街の光が窓に反射し、ぼんやりとした影を作る。かすみは窓の外を見つめたまま、口を開かなかった。俺も何を話せばいいのか分からず、ただ手のひらに残る彼女の温もりを感じていた。
タクシーがホテル街に差し掛かる。俺はふと、かすみの顔をうかがった。
「……ここでいい?」
俺がそう聞くと、かすみはゆっくりとこちらを向いた。
「うん」
小さな声だった。でも、迷いは感じなかった。
ホテルのロビーに入ると、ほんのりと甘い香りが漂っていた。受付で手続きを済ませ、俺らはエレベーターに乗り込む。
「緊張してる?」
俺が冗談めかして言うと、かすみは小さく笑った。
「うん、ちょっとね」
「俺も」
そう答えると、かすみは俺を見上げた。
「なんか、不思議だね」
「何が?」
「4年前、毎晩メッセージしてたのに、今こうして隣にいること」
「……そうだな」
エレベーターが静かに止まり、ドアが開く。俺らは無言のまま、部屋へと向かった。
部屋に入ると、暖房の暖かさが体に染み込んだ。
ベッドの白いシーツ、間接照明の柔らかな光。大きな窓からは、東京の夜景が広がっていた。
「すごい、夜景が綺麗……」
かすみがカーテンを少し開き、外を眺める。その後ろ姿を見ながら、俺は心の準備をしていた。
「……かすみ」
俺が名前を呼ぶと、彼女は振り返った。
その瞳には、ほんの少しの緊張と、そして期待が入り混じっていた。
俺はゆっくりと、かすみに近づいた。
彼女は何も言わなかった。ただ、俺をじっと見つめていた。
そのまま、そっと抱きしめた。
かすみの身体は、思っていたよりも柔らかくて、そして温かかった。
「……なんか、照れるね」
かすみがくすっと笑う。俺も笑った。
「まあね。モバゲーフレンドだもんね(笑)」
「うん。でも、ちょっと興奮しちゃう」
「……俺も」
そのまま、唇を重ねた。
触れるだけの、優しいキス。
ゆっくりと確かめ合うように、俺らは何度も唇を重ねた。
「……おいで」
俺の言葉に、かすみは少しだけ頬を赤らめながら、俺の腕の中に身を預けた。
そして、俺らは4年分の距離を、ゆっくりと埋めていった。
かすみの身体を抱き寄せると、彼女は少しだけ緊張したように肩をこわばらせた。でも、すぐに俺に身を預けてくる。唇を重ねるたびに、かすみの呼吸が少しずつ熱を帯びていくのがわかった。
「……なんか、変な感じ」
かすみが微かに笑う。
「何が?」
「4年前、こんなこと想像してなかったから」
俺は軽く笑いながら、かすみの頬に触れた。彼女の肌は驚くほど滑らかで、指先が触れるたびに甘い感触が広がる。首筋に唇を寄せると、かすみは小さく息を飲んだ。
「……くすぐったい」
そう言いながらも、彼女の手が俺の背中に回る。俺はゆっくりと彼女の服のボタンを外していった。柔らかな布地の下に隠れていた素肌が、間接照明の光を受けて滑らかに浮かび上がる。
「……恥ずかしい」
かすみは俺の腕の中で小さく身を縮める。でも、拒むわけではない。むしろ、その戸惑いが、俺をさらに惹きつける。
「大丈夫」
俺は優しく囁きながら、彼女の肩に唇を這わせる。肌の温もりがじわりと伝わり、かすみの指先が俺のシャツの裾をぎゅっと握りしめた。
「……俺のこと、見て」
そう言うと、かすみはゆっくりと顔を上げた。揺れる瞳に、熱を帯びた期待と緊張が入り混じっている。俺はその目を見つめながら、彼女の胸元に唇を落とした。
かすみの背中がわずかに震える。俺の指が彼女の腰を撫でると、彼女の身体がわずかに弓なりに反った。
「……っ」
かすみは、俺の肩に指を食い込ませる。俺は彼女の反応を確かめるように、ゆっくりと肌の上を指先でなぞった。
「……やさしくしてね」
彼女の小さな声が耳元で響く。その声だけで、胸の奥が疼いた。
「もちろん」
俺はかすみの身体をベッドへと導き、4年分の距離を、たしかに埋めていった――。
朝。
カーテンの隙間から、柔らかな光が差し込んでいた。
俺が目を覚ますと、隣にはかすみがいた。彼女はまだ眠っているようだった。
俺は静かに起き上がり、窓の外を眺めた。
昨夜、あの東京タワーの下で出会った俺らは、今こうして同じ空間にいる。
「……おはよ」
かすみの声がした。振り返ると、彼女は少し眠そうな目をして、俺を見つめていた。
「おはよう」
俺が微笑むと、かすみも微笑んだ。
「また、会える?」
俺はその言葉に少し驚いた。でも、それ以上に嬉しかった。
「また、すぐに会おう」
かすみは、安心したように笑った。
4年前、画面越しの文字だけで繋がっていた俺らは、今こうして同じ朝を迎えている。
それが、何よりも不思議で、嬉しくて、心地よかった。