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魔王が棲んだ街・ゲント

世界には思わず二度見してしまうような、インパクトの強い名をもったスポットがある。

たとえば以前取り上げた北ウェールズにある世界一長い名前の駅、Llanfairpwllgwyngyllgogerychwyrndrobwyllllantysiliogogogochなどがそれに該当するだろう。

私のPCの辞書には、必要に駆られた際に速やかに記せるようLlanfairpwllgwyngyllgogerychwyrndrobwyllllantysiliogogogochが単語登録されている。

しかし、私が今まで旅をしてきた中で最も惹きつけられた名のスポットは別に存在するのだ。
今回はそのスポットのある街、ベルギーはゲントについて取り上げたい。

ゲントはこんな街

ゲント(Gent)は、ベルギー北部フランダース地方、オースト=フランデレン州の州都であり、人口約26万人とブリュッセル・アントワープに次ぐ同国第3の都市である。

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中世より織布業で栄えた街には今もその栄華の跡が色濃く残されており、街を代表する建物である鐘楼は「ベルギーとフランスの鐘楼群」の1つとして世界遺産に登録されている。

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現在では園芸産業も発展しており、4年に一度花の祭典が開かれることなどから「花の都」の異名も持つ。

君の名は

そんな歴史あるゲントの街に一体どんな名前のスポットがあるというのか。

その名は
魔王ゲラルド城 (Geeraard de Duivelsteen)」
である。

なんという魅惑的な名前のスポットだろう。
どちらかというとベホイミ使いのハゲが居そうな名前の街なのに。

その魅力の分解を試みる。

まず魔王城である。
魔王の城に住まうあるじは、ゾーマムドーバラモスか。
まず城が魅力的、そこに魔王とくれば鬼に金棒、
いや、おにこんぼうに破壊の鉄球くらいのパワーアップかもしれない。
この響きに心躍らない男子などこの世に存在するのだろうか。

なお、魔王ゲラルド城の現地語であるオランダ語の表記Geeraard de Duivelsteen とは "Geeraard the Devil Castle
つまり、厳密には「悪魔ゲラルド城」と訳した方が正確だろう。
しかしながら、地球の歩き方等で魔王と訳されていること、
そして何より魔王のほうが断然カッコいいので"魔王"と呼称する。

そしてゲラルドである。
実に悪役感があってよい。最初と最後の濁点が全体を引き締めている。
これがサンチョやピピンでは格好がつかない。
Geeraardというスペルもポイントが高い。安易にGerardではなく重ねられたeeとaaが魔物の咆哮のごとき風情を漂わせている。
おそらく第2形態で怪物化して真の姿を表すタイプだ。
オルゴ・デミーラよりも魔王としての風格を感じる名といえよう。

情報の少なさもまた想像をかき立ててくれる。
そもそもの情報源である地球の歩き方には、地図上にわずかに7文字

魔王ゲラルド城

それ以上の情報は何一つとして記されてはいない。
いつできたのか。何故魔王なのか。何があるのか。入ることはできるのか。
謎が謎を呼ぶ。

まるでティザー広告のようなあざとさだ。
物語中盤でようやくラスボスの名前だけが判明した時に近い高揚感を覚える。

このゲラルドという男は、ドラキュラ伯爵のモデルとなったヴラド3世が逆らうものは自国の貴族ですら容赦なく串刺しの刑にしたように、血も凍りつく残虐な統治を行っていたのではないか。そんな想像がめぐる。

日本語で調べてみても確かな情報は見つからないが、わずかに得られた噂によると5度の結婚をしただとか、その際前の妻はすべて殺してしまっただとか、穏やかならざる情報が踊る。

さらに、ベルギーの国民的漫画家マルク・スリーンが55年にわたって連載した長寿漫画「ネロの冒険(DE AVONTUREN VAN NERO)」には魔王ゲラルドをモチーフにしたキャラクターが悪役として登場するらしい。
そのご尊顔がこちらである。

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Geeraard de Duivel
引用:https://archief.stripspeciaalzaak.be/Toppers/Schurken&Feeksen/29-Geeraard-de-Duivel.pdf

その面構え、まさしく魔王である。
少なくとも悪魔界でそれなりの地位や名誉を得ていることが伺い知れる。
死にゆくものこそ美しい」とか余人の理解を超えた美学を持っているタイプだろう。

そんな魔王が棲まったとされる城となれば、期待が高まるというものだ。

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引用:https://gentdekuip.com/geeraard-duivelsteen/



決戦・魔王城

その城は、水路の果てに立つという。

男は愚かにも ぬののふく で魔王城へ挑む。
こちらがその魔王ゲラルド城である。

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残念ながら中に入ることは叶わなかった。
私程度のレベルでは、入れたところで石となり永遠の時を悔やむ事になった可能性が高いので、逆に幸運だったと思うことにしている。

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実際のところ、13世紀に建てられたゴシック様式のこの城は、14世紀には市の所有となり、武器庫や学校、精神病院などとして使われた後、現在では市の公文書保管庫となっているようで、そのため一般には公開されていないのだそうだ。
ネット上でわずかに内部の様子を窺い知ることができる。

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引用:Wikipedia
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引用:https://gentdekuip.com/geeraard-duivelsteen/

ここを精神病院にして症状の改善は期待できるのだろうか。

魔王の正体

して、魔王ゲラルドとは一体何者なのだろうか。
Wikipediaオランダ語版など、いくつかの現地サイトでその正体について知ることが出来た。

魔王ゲラルドとは、ゲラルド・ファン・ゲント(Geeraard van Gent 1210?-1270?)という貴族ファン・ゲント家の一族であり、騎士の称号を与えられた由緒正しき人物であるらしい。
さらには、修道院や教会、ハンセン病患者収容所など多くの教会施設への寄付を積極的に行っていた人格者のようだ。

魔王ゲラルド城には、成人後から亡くなるまでの間住んでいたとされるが、調査の結果、建物のうちのいくつかは彼が生まれるより前に建設されていると考えられており、彼自身が魔王ゲラルド城を築城したわけではないようだ。

一部で噂されていた5度の結婚に関しても事実ではないようだ。おそらくはヘンリー8世あたりと混同されているか、創作だろう。

では、そんな人格者ゲラルドはなぜ「魔王」と呼ばれるようになったのだろうか?

ゲラルドは浅黒い肌の持ち主であったそうで、その外見からDuivel(悪魔)と呼ばれるようになったらしい。

悪口じゃないか。

地位も名誉もある人格者をつかまえて随分な言い草である。
しかし、誰が呼び始めたかは知らないが、ゲラルド自身もそう呼ばれていることは知っており、いくつかの彼の署名には、

Gerardus de Gandavo, miles, dictus diabolus 
(ゲラルド・ファン・ゲント、騎士、通称”悪魔”)

と、自らニックネームとして名乗っているものがあるそうだ。

やはり魔王たるもの、愚民たちの噂程度で腹を立てていては務まらないのかもしれない。
全く魔王様の器の大きさを前に、城の名前程度でワクワクしている自分が情けなく思えてきてしまった。

思わぬ伏兵

さて、そんな魔王が住んだゲントの街には、もう1つの城がある。
それがフランドル伯居城(Gravensteen)である。

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魔王ゲラルド城には及ばないものの、伯居城、そしてフランドルとはなかなか雰囲気のある名前だ。
貴族たるもの血筋からして違うのだ、という貫禄と自信がそこから感じられる。
きっと城主は蒲焼さん太郎とか一生食べないのだろう。

フランドル伯とは、現在のベルギー北部およびフランス北部に位置するフランドル地方(フランダース地方)の領主であり、魔王ゲラルドの一族も代々フランドル伯に仕えた家柄である。
そしてフランドル伯居城は、1180年に当時のフランドル伯フィリップ1世によって要塞から改造された城であり、以後14世紀まで代々フランドル伯の居城として使用された歴史を持つ。

こちらは一般にも公開されており、魔王ゲラルド城が見学不可であるので、実質的にゲントで城といえばこちらである。
街の中心地にあるため、城壁からは街の様子を眺めることができる。

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城内は現在博物館となっているが、
その展示内容はなんと拷問博物館である。

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手錠などはもちろんのこと、ギロチンなども普通に飾ってあるのだ。

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刑務所として使われていた歴史もあるため、この展示となっているのだろうが、こうなると俄然どちらが魔王城なのかわからなくなってくる。
展示を魔王ゲラルド城に移転してはどうかと提案したい。

ゲント名物・ワーテルゾーイ

ゲントにはこの地発祥とされる名物の食べ物もある。
それがワーテルゾーイ(waterzooi)だ。

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鶏肉と野菜を煮込んだクリームシチューのような食べ物であるが、日本のクリームシチューのようにとろみはなく、サラッとしたスープが特徴だ。
北部で広く親しまれている郷土料理であり、サラッとしてはいるが、クリームの濃厚な味わいが印象に残っている。

その起源は13世紀にさかのぼるとされており、魔王様もこの味に舌鼓をうったかもしれない。
そう言われてみれば、どことなく強力な攻撃呪文のような響きだ。

ゲントのマグネット

ゲントのマグネットがこちら。

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水路の発達したゲントらしい、川沿いに立ち並ぶ中世の面影を残す建物が描かれている。

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中世の薫りを今に残す街ゲントは、ベルギー有数の観光地でもある。
そんなゲントで運河や教会を巡るのもよいが、その道すがら、かつて魔王と呼ばれた男が棲んだ城を眺め、その称号をどんな思いで受け止めたのか、思いを馳せるのも悪くはないだろう。


最後までご覧いただきありがとうございました。
次回はお土産の話を書こうかと思います。

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