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歴史の街と美女の谷・エゲル
今回は中近世のハンガリーの様子を今に残す古都・エゲルを取り上げたい。
エゲル(Eger)は中央ヨーロッパの国・ハンガリーの北部に位置する人口約5万人の街である。
街の歴史は古く、10世紀にこの地に大聖堂が築かれたことで形成されたとされる。
その後中世に城塞が建築されたこともあり街は発展した。その守りは固く、16世紀のオスマントルコ襲来の際にも一度は軍勢を退けている。
一時はオスマントルコの支配に入るも、ハプスブルク家の手で解放されると再び街はキリスト教の司教区として栄華を取り戻し、世界大戦でも大きな被害を受けなかったことから、過去の繁栄を伝える建物が多く現存している。
エゲルはハンガリーの首都・ブダペストから電車で西へ約2時間程度の場所に位置する。
10年ほど前にブダペストから大きく反時計回りでハンガリー・スロバキアの2か国を旅していた私は、スロバキアの国境を超える前にエゲルへと立ち寄った。
菜の花が咲くのどかな車窓を眺めて2時間。
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こじんまりとした駅舎へと列車は滑り込んだ。
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駅から旧市街の中心へは徒歩で15分程度離れている。スーツケースを転がしながら歩くことしばし、左手に黄色い大きな建物が見えてきたら中心部はもうすぐだ。
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この建物がエゲルの、そしてハンガリー北東部におけるカトリックの中心である大聖堂だ。
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もとは別の場所にあったものの、オスマントルコによる破壊を経て19世紀に今の場所に移設されたというが、天井の高い開放感のある内部の壁には鮮やかな壁画も施され、この地のカトリックにおける重要性がうかがえる。
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さらに歩みを進めると旧市街の広場に行きつく。
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ここドボー広場は16世紀にオスマントルコの攻撃から街を守った英雄ドボー・イシュトバーンから名づけられた広場で街の中心として様々な店やレストランが周囲に広がっている。
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観光地でありつつも、どこかゆっくりとした空気が漂い、そこに暮らす人たちの息遣いが感じられるそんな街並みだ。
駅からここまで歩いてくると、そろそろのども乾いてくる距離である。何か飲むものを、と思ったところ街の至る所でジュースが売られているのでそういったものを試してみるものいいだろう。
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小学校以来、終ぞ耳にすることのなくなったデシリットル、という単位がヨーロッパ(特に中欧)では利用されているということを知った瞬間である。
それはさておき、広場を進んで裏手に出ると石垣にたどり着く。
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ここが13世紀後半に建設されたエゲル城である。
城は小高い丘に位置しているので、ひたすら坂を上っていこう。
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城壁からは街の様子が一望できる。
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16世紀半ばにハンガリーがオスマントルコの侵攻を受けた際、首都のブダをはじめとする他の都市が制圧された中で、ここエゲルにもトルコ軍が迫った。
迫りくる4万の軍勢に対して、城主ドボー・イシュトバーンはわずか2000の兵で防衛に成功し、イシュトバーンは英雄としてその歴史に名を残すこととなった。
残念ながら16世紀末の2度目の侵攻には耐えられず、オスマントルコに下ることになり、現在のエゲル城には一部の建物しか残っていない。
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しかし、城壁内部を散策して往事の繁栄を垣間見ることが出来るだろう。
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また、城壁から街を見渡すと、鉛筆のように細長い建物が目に留まる。
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オスマントルコの支配下で建築されたミナレット(モスクに付随する塔)が現存しているのである。
オスマントルコの支配は17世紀後半に終焉し、多くの建築物は破壊されたが、このミナレットは状態良く保存されており、見学して上に登ることも可能になっている。
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城や戦いと並んでエゲルの地を有名にしているもう1つの名物がワインである。
ワインセラーが並ぶ「美女の谷」は、街の中心地から少し離れた場所に位置している。
徒歩だと30分くらいの道のりだが、中心部からミニトレインも出ているのでそれに乗っていくのもいいだろう。
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停留所でしばらく待つと、ミニ遊園地にありそうな風貌のトレインがやってきた。
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乗り込んだのは私だけであった。
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当時残していたメモには「乗り心地が悪い」とあったが、若干の気まずさがあったせいかもしれない。
10分ほど揺られただろうか。店が立ち並ぶエリアへとたどり着いた。
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ここには小さなワインセラーが50軒ほど存在し、どこもテーブルを出し、食事や試飲などを提供しているようだ。
早速1つのワインセラーに目星をつけてワインの有料試飲を試すことにした。
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洞窟のような空間の中にも座席はあったが、天気もいいので外でいただくことにした。
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様々な種類のワインが取り揃えられているが、エゲルにきたらやはり赤ワインを頼みたい。
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有料の試飲は1杯100円程度の値段だったと記憶している。
100円ならばたかが知れているだろう、と3杯の試飲を注文した。
しばらく待つと、試飲の概念を揺るがされる量のワインがやってきた。
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このワインセラーの並ぶエリアがなぜ「美女の谷」と言われているかというと、「ワインをたくさん飲んで酔っ払い、どんな女性も美女に見えるから」という極めて低俗な由来であるそうだ。
ただ、このグラスを見たときに、少なくとも酔っ払うという理由だけは理解できた気がした。
確かにワインは美味しかった。
しかし、目当てのワインがこの店には(確か)置かれておらず、さらに梯子をすることにした。
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良さげな雰囲気のセラーに狙いを定める。
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ここで注文したのがエグリ・ピカヴェールである。
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ハンガリーワインといえば、世界3大貴腐ワインにも数えられる極甘口の白ワイン・トカイワインが有名であるが、それと双璧をなすワインがこのエグリ・ビカヴェールだ。
黒ブドウのケークフランコシュやカベルネ・ソーヴィニョンなどをブレンドして作られるこのワインは、牡牛の血を意味するが、そこにもオスマントルコとの攻防が関係しているそうだ。
16世紀のオスマントルコ侵攻にあたって城を守る兵士の士気を高めるために酒蔵を開放して赤ワインがふるまわれ、それを飲みほして勢いづけてトルコ軍へと立ち向かった。その際ワインで赤く染まった口元を見たトルコ兵が「奴らは牛の血を飲んでいる!」と恐れおののき撤退に至った、という逸話から来ているようである。
幸いにして口を赤く染めるほどには酔いは回らなかったが、なみなみと注がれたワイン3杯は当時の私には十分すぎる酒量であり、酔い覚ましに歩く余裕すらなく、ワインを1本お買い上げすると、再び乗り心地のいまいちよくないミニトレインに乗り込んで街へと戻ったのであった。
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結局グラスワイン計4杯の試飲に加えてボトルまでお買い上げしたが、当時のレートで約900円だったと記録しているので、恐るべき価格破壊である。
女性が皆美女に見えるかはさておき、飲んだくれが量産されるのも無理はないと感じながら街を後にすることになった。
エゲルのマグネットがこちら。
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英雄の名を冠したイシュトバーン広場から見たエゲル城が描かれた逸品だ。
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ハンガリー観光といえば首都ブダペストがあまりに有名であり、またオーストリアやチェコなどといった他の中欧諸国と合わせて訪れることが多いため、なかなかほかの都市に足を運ぶ機会は多くないかもしれないが、
首都から足を延ばして、ハンガリーの歴史や文化を感じることが出来るこの地を訪れ、実際のところ美女が多いのかどうかを確かめてみるのも悪くない選択だろう。
最後までご覧いただきありがとうございました。
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