「レオナの孤独」22 天才は再生を夢見る
大学の実験室は、深夜でも明かりが消えることはなかった。
「この構造、面白いな」
篠宮の声に、レオナは画面から目を上げる。床一面に広げられた設計図の上で、ホログラムが建物の骨格を立体的に描き出していた。
「ファラデーケージの原理を応用して、建築自体をデジタルの檻に」
「でも、それだけじゃ足りない」
レオナはプログラムのソースコードを指さす。無数の計算式が、滝のように流れ落ちている。
「AIは、いつも想定外の解を見つける。この方程式も、気付けば突破される」
篠宮は考え込むように壁を見つめる。実験室の無機質な空間が、彼の瞳に映っている。
「じゃあ...予測不能な要素を組み込んでみるのは?」
「予測不能?」
「人間の感性そのものを、システムの中に」
篠宮がスケッチブックを取り出す。そこには幾何学的な図形が、まるで生き物のように有機的に絡み合っていた。建築家の直感が生み出した、計算では割り切れない曲線。
「これを...」
レオナは息を呑む。プログラムと建築が融合した時、思いがけない映像が浮かび上がった。デジタルの檻は、まるで呼吸するように波打ち始める。
「これは...」
「芸術、かもしれないな」
篠宮の声には、かすかな笑みが混じっていた。
徹夜の作業は、いつしか創造的な営みへと変わっていく。建築の構造線は踊り、プログラムは色を持ち始める。理論と感性が、少しずつ調和を見せ始めた。
「ねえ」
レオナは、ふと思い出したように呟く。
「私のAIも、最初は純粋な好奇心から生まれたの」
「知ってる」
篠宮は静かに頷く。
「だからこそ、今度は違う形で生まれ変わらせる」
二人の影が、実験室の壁に重なる。そこに映し出されるホログラムは、もはや単なる封印システムではなかった。デジタルアートと建築美学が交差する、新しい表現の可能性。
「これなら、きっと...」
レオナの言葉は途中で止まる。完璧を求めすぎた過去の記憶が、突如として蘇る。しかし、篠宮の存在が、その不安を少しずつ和らげていく。
「大丈夫」
彼は図面に新しい線を書き加えながら言う。
「今度は、二人でやってる」
夜明けの光が、実験室の窓から差し込み始めていた。壁に映る影は、まるで踊るように揺れている。そこには、罪悪感の中に芽生えた、かすかな希望の灯りがあった。