映画「室井慎次」を観に行って金返せと思った話(ネタバレしかない)
「室井慎次 敗れざる者」「室井慎次 生き続ける者」を観た感想を記したい。
普段は引きこもりの私だが、映画館に足を運ぶことは厭わない。前後編でチケット代4000円、ポップコーンセット2回分1400円、実に5400円の出費となった。痛い出費ではある。
しかし、愛すべき「踊る大捜査線」のスピンオフ作品なのだ。それくらいの投資は致し方ない——そう思っていた。
以下、完全なネタバレ評論となる。これから見るつもりの方は、決して読まないでほしい。
※長いです。4500文字あります。
端的に言おう。
金返せ。
室井が死ぬ。
最大のネタバレから書き始めよう。室井が死ぬのだ。繰り返す。室井が死ぬ。
死ぬこと自体は物語の流れとして理解できないわけではない。問題は死に方にある。これを説明するには順を追って見ていく必要がある。
あらすじ
物語は、警察を定年前に辞めた室井の、秋田での特異な疑似家族との生活から始まる。被害者遺族の青年(タカ)、服役中の加害者の息子(リク)、そして秋田犬。
青島との約束を守れなかったこと、また過去の強引な捜査への贖罪意識から、室井は彼らと暮らし始めたのだ。
途中から凶悪犯罪者の娘(杏)も加わることになり、ストーリーの中で様々な事件も起きるのだが、それは後で触れることにしよう。
意味のない室井の死
室井の死のシーンは次のように展開する。ある日、加害者の息子であるリクが、出所した本当の父親に引き取られることになる。
過去にDVを受けていたリクを思う室井は、二度と暴力を振るわないよう父親に念を押す。しかし案の定、暴力を振るわれたリクは室井のもとへ戻ってくる。父親はリクを取り返しにやってくる。ここまでが前提だ。
ここからが本作のクライマックスシーン。
父親は逆上して斧を振り回す。杏(改心済み)が猟銃を手に取って応戦し、室井が体を張って父親を止める。タカが警察に通報していたため、警察が到着して事態は収まる。ここまでは良かった。猟銃が暴発して杏が誰かを殺してしまう、といった悲劇が起きるのではと、ハラハラしていたくらいだ。問題はその後だ。
逆上した父親は、なぜか室井の飼い犬を逃がしていた。事件が収まった後、室井は吹雪の中、犬を探しに出かける。
心臓病を患っていた室井は遭難して死ぬ。
マジか。
死ぬなら死ぬで良い。物語に意味があるなら。問題は、室井の死に何の意味もないことだ。
まだ家族を守って斧で死ぬか、娘の猟銃の暴発で死ぬのなら分かる。心臓病で家族に看取られながら死ぬのでも許せる。御涙頂戴的かもしれないが、少なくとも意味はある。
しかし、犬を探しに行って遭難死とは。あの国民的警察官、室井の死に方としてはお粗末が過ぎないだろうか。そもそも、ここまで賢い犬として描かれてきた秋田犬が、こんな吹雪の状況で家から遠く離れるだろうか。
離れない、犬
さらに困ったことに、「踊る」シリーズでお馴染みのスローモーション御涙頂戴シーンがここで展開される。「さあ、泣いてください」と言わんばかりのあの感じだ。
遭難した室井を警察や近隣住民が一斉に捜索するシーン。警察無線の音声で室井の心肺停止がさらっと明かされる。
衝撃的なシーンではあるが、そのあっさりした展開には思わず耳を疑う。しかし一番の問題はその後だ。
室井の遺体と逃げた犬を発見した警察官の悲痛な叫び。
「犬が離れません!!」
「犬が...離れません!!(涙声)」
制作陣は、本当にこんな展開で観客が泣くと思っているのだろうか。
そう思うなら、今すぐにでも、私のように小説投稿サイトからやり直した方がいい。
なお、犬はボロボロになって家に戻ってきた。警察に保護されたんじゃないのか。
前編までは許せた
ここで他の問題に移ろう。言いたいことは山ほどある。まず映画が単調なのだ。よく言われていることだが、「踊る大捜査線」を期待すると肩透かしを食らう。
これはほぼ「北の国から」だ。淡々とした描写。事件は起こるものの、その割合はごく僅かしかない。「踊る」のことは忘れて、ヒューマンドラマとして見れば納得はできる。
2時間は少し辛かったが、そういう作品として受け入れることはできた。前編までは。
散りばめられた伏線
前編は伏線だらけだ。映画は2部に分かれており、前編では数々の伏線が散りばめられる。日向真奈美の娘・杏の不気味さ、タカの高校での恋愛と殺された母への救済、リクのトラウマ、田舎ならではの余所者・室井への圧力、そして室井の家のそばで起こる死体遺棄事件。
これは分かる。やや単調だったが、後編ではきっとワクワクする展開が待っているのだろうと、どこかで期待していた。
雑な展開
ただし、前編でも言いたいことはある。
タカが加害者(母を殺害したヤクザ)の弁護士から「反省しているから刑期を減らしてあげたい」と説得され、加害者と面会するシーン。
例の黒いコートを着たかっこいい室井が保護者として弁護士の同伴を拒む。私はこういうシーンが見たかったのだ。
しかし、問題はここからだ。面会に臨むも、加害者は全く反省していない。太々しい態度で殺害した母親の名前すら覚えていないのだ。
待ってほしい。よくこの加害者と面会させようと思ったものだ。いくら何でも弁護士が無能すぎる。
しかし、こんな引っ掛かりは後編に比べれば可愛いものだった。
リクのチャラさ
リクのキャラクター造形についても触れておく必要がある。彼は毒親のトラウマを抱えた少年として丁寧に描かれてきた。
小学校への不登校傾向、問題行動、室井への反抗など、あらゆる角度から彼の不安定さが表現される。そして、室井とリクが徐々に育んでいく絆の描写は、確かに観る者の心を揺さぶる力を持っていた。
だからこそ、違和感を覚えるシーンがある。本当の父親に引き取られることになったリクが、出発の間際に車の中から叫んだ唯一の言葉がこれだ。
「杏姉ちゃん!!」
待ってほしい。そこは室井の名を叫ぶべき場面ではないだろうか。過剰と思えるほど丁寧に描かれてきた室井との絆。それを差し置いて、たかだか数ヶ月前に同居し始めた可愛い女性に最後の言葉を向けるとは、随分とマセたガキだ。
せめて「室井さん!」と叫んでから「杏姉ちゃん!」と続けるべきではなかったか。この一場面で、それまで積み重ねられてきた心理描写の説得力が大きく損なわれてしまっている。
杏の不気味さ
日向真奈美の娘・杏の描写にも大きな疑問が残る。「踊る」映画一作目に登場した凶悪犯罪者・日向真奈美の娘として、杏は母譲りの不気味さを持つ少女として登場する。室井の家庭を崩壊させようとしたり、自宅の納屋に放火したり、かなりの悪意を振りまく存在として描かれる。
そんな杏に気づいた室井は驚くべき行動に出る。なんと、杏と一緒に猟銃を撃つのだ(空砲)。空砲を打った杏は「怖い...」と言い、それ以降、改心する。
待ってほしい。そんな安直な展開でいいのだろうか。恐怖を知ることで改心するような心根なら、そもそも放火のような危険な行為など起こすはずがない。ここまで丁寧に積み上げてきた不気味な少女の造形が、たった一発の空砲で霧散してしまうのである。
タカの恋愛の無意味さ
タカの恋愛についても触れておこう。前編の通り、タカは高校の同級生に恋をしており、実際かなりいい感じになっていた。
しかし後編であっさり振られる。へこむタカ。別に良い。そういうこともある。
だが、このストーリーが全く本筋に絡んでこないのだ。このシーンのために30分も浪費されたと思うと腹が立つ。
室井を矮小化するな
室井の意思の描写にも大きな矛盾がある。室井が警察を去った理由の一つに、青島との約束を果たせなかったという重要な設定がある。この作品を貫く核心的なテーマだ。
エリートと現場の刑事の垣根を無くすという約束は果たされず、失望した室井は警察を辞め、秋田の地に身を引くことになった。
ところが驚くべきことに、室井の代わりに秋田県警本部長に着任した元部下の新城は、いとも簡単にその垣根を取り払うことに成功する。さらには秋田県警から警視庁へとその輪を広げると宣言するのだ。
待ってほしい。それならば室井にもできたはずではないか。これでは、早々に諦めて辞職した室井が、根性なしの馬鹿みたいではないか。
作品の重要なテーマのはずが、皮肉にも主人公の矮小化に繋がってしまっているのだ。
リアリティの欠如
その他の問題点も指摘しておかねばならない。室井がヤンキーに絡まれたり、近所の牧場の放蕩息子だったり、様々な問題が次々と持ち込まれる。そしてそのすべてが、室井のほんの少しの関与であっさりと解決してしまうのだ。
あまりに詰め込みすぎなあまり、肝心の室井の行動描写が希薄になってしまっている。一体どんな言葉を投げかけ、どんな態度で接したというのか。説得力のある描写が完全に欠落している。そんな一瞬の関わりでヤンキーたちが改心するはずがない。
さらに気になるのは、児童相談所や弁護士の異常なまでの無能さだ。ここにもリアリティが著しく欠如している。「踊る」シリーズは、たとえフィクションとはいえ、リアリティを大切にしてきた作品だったはずだ。そこにあった誠実さは、いったいどこへ消えてしまったのだろうか。
事件はあっさり解決する
事件解決のあっさりさも気になる。先に触れたが、メインとなる事件は室井の家のそばでの死体遺棄から始まる。
過去の事件との関連から秋田に捜査本部を置く警視庁。第一発見者として捜査協力を頼まれる室井。
いくらOBとはいえ、一般人にそんなことができるのか、という疑問はもはや些細なことだ。私は後編で、あのかっこいい室井が再び見られると密かに期待していたのだ。
しかし室井は大して捜査に絡まない。強いて言えば、犯人の声が昔の犯人と同じだと特定した程度だ。肩透かしもいいところだ。
そして事件は意外なほどあっさりと解決され、全ては日向真奈美の企みだった、で説明される。私の映画への期待はここで尽きた。
もういい、あとはハートフルストーリーとして見よう。そう覚悟を決めた直後に、室井の無駄死にが待っていた。
青島ではないが、「やってられっか」の一言だ。
青島登場
青島が出てきた件にも触れておこう。ネットニュースでも話題になっていたのでご存知の方も多いだろう。
映画のエンドロール後にあの青島が一瞬顔を見せる。老けてはいるが、あのモッズコートも毛量も健在だ。本編の展開に呆れていた私も、さすがに興奮した。問題はその後だ。
室井を弔いに来たはずの青島は、しかし室井の家の目の前で警察からの連絡を受けて急遽踵を返す。お前の室井への思いってそんなものだったのか。
まあ、これは事件を優先する青島のキャラを考えれば分からなくもない。だが、更なる問題のシーンが待っていた。
トドメの一撃
青島のシーンにすぐ続く形で、実際の映画の撮影シーンが流れる。織田裕二と柳葉敏郎が笑顔で挨拶を交わすのだ。
これは香港映画によくあるNGシーンとは異なり、スクリーン全体を使って映写される。つまり、製作者にとっても重要なシーンとして示されているわけだ。
余韻もへったくれもないし、興醒めはあるが、不和の噂がある両者の友情を観客に見せたかったのかもしれない。
問題は次だ。青島役の織田裕二が室井役の柳葉敏郎に声をかける。
「室井さん、死なないでくださいよ!」
私を含めた全ての観客が同じことを思っただろう。「それはこっちのセリフだ」と。
いいシーンもあったよ
いいシーンがなかったわけではない。円熟した柳葉敏郎の演技にはとても感銘を受けたし、杏も可愛い。
家族を得た室井が、家族の悩みや問題、成長に向き合うことが楽しいと万感の思いを込めて語るシーンは心に響いた。
室井が幸せそうに家族と過ごすシーンを見ていると、このままひっそりとでいいから、室井は幸せに生きてほしい、と心から思った。
しかし、その願いは、「離れない犬」によって、完璧にぶち壊されたのだった。
終わりに
ついでに言えば、「踊る大捜査線 N.E.W」の情報もスクリーンで流れた。
しかし考えてみてほしい。室井は死に、ワクさんも死に、すみれさんも警察を辞めた今、果たしてそれはまだ「踊る」と呼べるのだろうか。
もはやユースケ・サンタマリアに期待するしかない。まさか彼が最後の砦となるとは。
私は、Amazonプライムに「N.E.W」が配信されるまで、静かに様子を見守ることにしよう。