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カールマルクスが渋谷に転生した件 24 マルクス、対立候補と対立する!
マルクス、地道な活動を行う
環境経済学研究会の看板が、さくらの祖母のゲストハウスに掲げられている。
「本日のテーマは『都市開発と環境負荷』です」西野准教授の声が、満員の聴衆に響く。「特に、大規模再開発がもたらす影響について...」
Das Kapital TVの配信も同時進行。コメント欄には次々と質問が。
『CO2排出量の計算方法は?』
『経済効果との比較は?』
『他の先進国では?』
マルクスがモニター越しに髭を撫でる。
「理論的関心の高まりよ!これぞまさに...」
「はい、はい」さくらが制しつつ、スマホでコメントをチェック。「あ、スパチャきました」
『環境経済の研究、応援してます!』
『理論を実践に!』
『West Side Story最高!』
「West Side...?」マルクスが首を傾げる。
「渋谷の西側、再開発問題の回のタイトルです」ケンジが説明。「めっちゃバズって」
その頃、木下のスマホには別の数字が表示されていた。
「クリプトキングさんの仲間から、また寄付が」
「おお」マルクスの髭が期待に震える。「いくらほど?」
「10人で...」
「なんと!1500万円か!」
「いえ」木下が申し訳なさそうに。「50万ずつで」
「むむ」マルクスの髭が垂れ下がる。
「でも」ひかりが励むように。「小口の寄付が増えてるんです。SNSで拡散されて...」
その時、西野准教授の声が研究会場に響く。
「ここで、具体的なデータをお示ししましょう」
スクリーンには、都内の緑地面積の推移が。
「この10年で、これだけの緑地が...」
会場からため息が漏れる。
窓の外では、高層ビルの建設が進む。
だがその影で、確実に支持は広がっていた。
「具体例として、外苑前の再開発計画を見てみましょう」
スクリーンに映し出されるのは、工事が進む外苑前の航空写真。
「確かに象徴的な銀杏並木は保存されます」西野准教授の声に力が込められる。「しかし、すでに多くの樹木が伐採され...ここをご覧ください」
スクリーンには、伐採前と後の比較写真。緑の面積が大きく減少している。
「環境アセスメントでは、銀杏並木の保存をもって『環境への配慮』を強調していますが」西野准教授が続ける。「失われた生態系の総体を見れば...」
「質問です」前列の学生が手を挙げる。「CO2吸収量の計算に、伐採された木々は含まれているんでしょうか?」
「鋭い指摘です」西野准教授が頷く。「実は、環境影響評価における最大の問題点は...」
Das Kapital TVのコメント欄が瞬く。
『現地行ってきました。木の切り株だらけ...』
『銀杏以外の木も大切だったよね』
『開発って、こうやって少しずつ緑を...』
「銀杏並木の保存は、むしろ開発の『免罪符』として利用されている」西野准教授の声が冷静に響く。「シンボルとなる一部だけを残し、周辺の生態系全体を改変する。この手法こそが現代の再開発の本質なのです」
Das Kapital TVのコメント欄が荒れる。
『えっ、他の木はもう切られてるの?』
『知らなかった...』
『銀杏だけじゃないよね、生態系って』
「環境経済学の観点から見ると」西野准教授がスライドを切り替える。「生態系は複雑な関係性の総体です。一本の木を残せば良いという単純な話ではない」
マルクスの髭が共鳴するように揺れる。「まさに弁証法的関係性!部分と全体の...」
「シーッ」さくらが小声で。「配信中です」
「すみません」後ろの席から手が上がる。「大山知事は『グリーン東京』を掲げていますが」
「ええ」西野准教授が皮肉な笑みを浮かべる。「では、実際の緑地面積の推移を見てみましょう」
新たなグラフが映し出される。都内の緑地面積は、この10年で着実に減少している。
「『グリーン』という言葉は素晴らしい」西野准教授が静かに。「しかし、その実態が伴わなければ、単なる...」
その時、木下のスマホが震える。
マルクス、お金集めの仕組みに驚愕する
匿名アドバイザーからのメッセージ。
『都民グレートの会、昨日の政治資金パーティーで3億円』
「3億だと?」マルクスの髭が逆立つ。「たった一晩のパーティーで?」
選対本部に戻った一同。木下がパソコンで資料を映し出す。
「実は」木下が説明を始める。「都民グレートの会、巧妙なんです。複数の政治団体を使い分けて...」
画面に組織図が表示される。
—
都民グレートの会
├ 大山喜久子後援会
├ グレート都政の会
├ 東京未来研究会
├ 各区支部政治団体
└ ...
—
「一つの団体から別の団体への寄付は、年間5000万円まで」木下が解説。「つまり、10の団体があれば...」
「5億円!?」ひかりが声を上げる。
「いや、もっと」木下が続ける。「これ、双方向に可能なんです」
マルクスの髭が怒りで震え始める。
「つまり」さくらが理解したように。「A団体からB団体へ5000万、B団体からC団体へ5000万、という形で...」
「その通り」木下がため息。「既存の政治団体のネットワークを使えば、事実上無制限に...」
「なんという!」マルクスが立ち上がる。「これぞ資本による民主主義の簡便な収奪!形式的な規制の網の目を、金の力でかいくぐるとは!」
「今回は」木下が画面をスクロール。「パーティーには大手デベロッパーの幹部も」
「再開発利権と」マルクスの声が低く唸るように。「選挙資金が結びつく!これこそ腐敗した資本主義の...」
「先生」西野准教授が静かに。「その怒り、選挙期間まで取っておきましょう」
「むっ」マルクスの髭が一瞬止まる。
「その通り」さくらが頷く。「今は...」
「理論武装の時だ!」全員で声を合わせる。
マルクスの髭が、珍しく照れたように揺れた。
だが、その奥底には、まだ静かな怒りが燻っていた。
マルクス、対立候補に物申す
「さらに悪いニュースです」木下がパソコンの新しいウィンドウを開く。「対立候補が出そろいました」
—
現職:大山喜久子(都民グレートの会)
・「環境共生都市」を標榜
・再開発推進
・各種団体から支援、選挙資金5億円超
与党統一候補:中池担二郎(共和民主党)
・「未来のために、未来の東京を」
・元衆議院議員
・派手なパフォーマンスと空虚なスローガン
・自民、公明の推薦、政党助成金の投入額10億円規模
野党統一候補:小燕
・「多様性ある東京へ」
・元参議院議員でシンガポール出身
・支持層は限定的
・野党各党からの支援、4億円規模
—
「与党は現職の大山を推薦すると思ったんですが」木下がスクロール。「これだけじゃありません」
「まだいるのか」マルクスの髭が萎びる。
—
・元格闘家の剛田(「東京を取り戻す!」)
・ユーチューバーのメガネマン(「バズる都政」)
・座間威(国民を守る党)
選挙での訴訟合戦を得意とし、政治資金の使途を徹底追及。
「都政の闇を暴く!」が持論だが、その手法は...
・永遠の立候補者・ミスター上杉(今回で12回目)
・スピリチュアル系の聖山レイコ(「宇宙と共に生きる東京」)
・右翼団体推薦の誠道進(「日本を守る!」)
—
「なんという」マルクスの声が震える。「マネーゲームと見世物と...」
「警戒すべきは座間です」木下が眉をひそめる。「彼、選挙違反の追及を得意としてて。特に政治資金の...」
「要注意ですね」さくらが心配そうに返す。「私たちも完璧に準備を」
「ところで」木下がスマホの画面を指す。「座間のYouTubeチャンネル、かなりの再生数で」
画面には、派手な文字とサムネイル。
『都知事候補の政治資金を全て暴く!』
『スクープ!大山知事の陣営に疑惑の...』
『これが都政の闇だ!』
「再生数100万回...」ケンジが驚く。「Das Kapital TV並みですね…」
「ふむ」マルクスが髭をいじる。「しかし、あの手の煽り動画は...」
「いえ」木下が真剣な表情になる。「彼、元国税調査官なんです。政治資金の追及は、かなり的確で」
一同の表情が曇る。
「大丈夫」西野准教授が静かに。「私たちには隠すものなど何もない。透明性こそが、最大の...」
マルクス、また書類が必要
その時、木下がスマホを見つめる。
「あ、立候補届出の日程について告示されています」
「具体的には?」
「まず書類の配布が始まって」さくらが読み上げる。「場所は都庁の会議室。事前予約が必要みたいです」
「むむ」マルクスが真剣な面持ちに。「官僚制との戦いの始まりか」
「書類は紙袋一袋分あるそうです」木下が付け加える。「そして、そのあと入庁手続き。印鑑と...」
「また印鑑か!」マルクスが呆れる。
「私が行きます」西野准教授が静かに立ち上がる。「理論を実践に移す、その第一歩として」
「供託金の300万円は」木下が確認する。「クラウドファンディングで集まった分から」
窓の外では、夕暮れの渋谷の街に、ネオンが灯り始めていた。
古い看板と新しいビル。
開発の波の中、確実に何かが変わろうとしていた。