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カールマルクスが渋谷に転生した件 3 マルクス、はじめてのスマホ(後半)

序章はこちら

マルクス、今更気づく

その矢先、一つの通知が心臓を突き刺すように届いた。
『マルクス主義とかいつの時代の話だよ。ソ連の崩壊を知らないの?』

「ソ連...?」マルクスは困惑した表情でさくらを見る。
「あの...」さくらは少し言葉を選びながら説明を始める。「20世紀に、マルクスさんの思想を基にした国家が作られたんです。」

「なんと!私の理論をもとに国家が誕生しただと!?何と素晴らしい!」
しかし、マルクスはすぐに思い直す。
「いや、しかし崩壊とはどういうことだ…?」

さくらは答えに詰まる。
「ええと…ロシア革命がまずあって…」

「ロシア?あの農業国が?それは私の理論とは異なる…」マルクスは静かにスマートフォンを置き、深いため息をついた。
「私の理論が、どのように解釈され、実践されたのか...全て教えてくれないか」

さくらはゆっくりと、20世紀の歴史を説明していく。革命後のソ連、スターリンによる粛清、強制収容所、文化大革命、ベルリンの壁...そして1991年のソ連崩壊まで。

マルクスの表情が徐々に曇っていく。時折「まさか...」「それは違う...」というつぶやきが漏れる。特に強制収容所の話には、激しく髭を震わせた。
「それは...私の理論が引き起こしたことなのか」
マルクスは項垂れ、両手で顔を覆った。

「何百万もの人々が...私の名の下に...」
震える声は、しだいに途切れがちになっていく。
さくらは、この偉大な思想家の前で、どう言葉を選んでいいかわからなかった。しばらくの沈黙の後、彼女はそっと切り出した。

「でも、マルクスさん。私たちが大学で学んでいるのは、そんな暴力の歴史だけじゃないんです」

マルクスは静かに顔を上げた。
「搾取される人々の痛みに寄り添い、その解放を目指した思想として...労働者の尊厳を守ろうとした理論として...だから今でも、私たちは必要としているんです」

「しかし、それでも...」
「確かに20世紀は失敗しました。でも、だからこそ21世紀には、新しい形の希望が必要なんじゃないでしょうか。見てください」

さくらはスマートフォンを差し出す。画面には、世界中の若者たちが、環境問題や格差、搾取に対して声を上げる姿が映し出されていた。
マルクスはしばらく画面を見つめ、ゆっくりと立ち上がった。

「君の言う通りかもしれない...」
再びスマートフォンを手に取り、マルクスは投稿を始めた。

『確かに、20世紀の試みは失敗に終わった。しかし、諸君。我々の目の前で起きている搾取は、より巧妙な形で進化している。労働者は今や、自らの意識すら切り売りを強いられているのだ。#現代資本主義』

「今度は...」さくらが画面を覗き込む。
「結構な数のリプライが来てます」

『じゃあマルクスは、今の時代をどう変えるっていうの?』
『具体的な解決策を示せよ』
『でも、わかる。SNSに広告つくの、なんかおかしいよね』

マルクス、憤慨する

「広告?」マルクスは首を傾げる。
「あ、マルクスさんの投稿、また広告がついてます」
さくらが指さす画面を、マルクスは疑わしげに覗き込んだ。

「なに?私の投稿の下に...これは...」
彼の資本主義批判の真摯な投稿の直下に、某高級ブランドのバッグの広告が表示されている。価格表示を見て、マルクスは思わず髭を逆立てた。

「労働者の半年分の賃金に相当する皮革製品だと?しかもそれが私の言葉の真下に!?」

「SNSって、フォロワーが増えると自動的に...」

「待て待て」マルクスは激しく首を振る。「私の資本主義批判が、資本家の商品宣伝の場となっているというのか。これはまさに...」

突然、マルクスの目が怒りに満ちた。
「これぞ現代における物神性の極致!資本は批判すら商品に変えてしまうのか!」

怒りのままに、ツイートを打ち始める。
『諸君、気付いたことがある。我々の抵抗の言葉さえも、この世界では商品となる。私の投稿の下に踊る広告を見よ。これこそが...』

「あ」さくらが指摘する。「その投稿の下にも投資アプリの広告が...」
「なんだとーーー!!」 

マクドナルドの店内に、マルクスの叫び声が響き渡った。
「落ち着いてください」さくらが周囲を気にしながら言う。「これが現代のSNSの仕組みなんです」
「仕組みだと?」マルクスは震える手で画面をスクロールする。「私の言葉の下に次々と商品が...これは...」

投資アプリ、高級ブランド、暗号資産、NFT...次々と表示される広告の数々に、マルクスの髭は逆立っていく。
「まさに現代資本主義の完成形か...」

マルクスは呟きながら、新たなツイートを打ち始めた。
『諸君、資本主義は我々の抵抗の声すら商品に変えてしまう。私の投稿の真下で、諸君の半年分の賃金に値する商品が踊っている。』

「あ」さくらが画面を指さす。「その批判の投稿にも広告が...」
「またか!?」マルクスは激しく髭を震わせる。「しかも今度は...『今すぐ資産運用を始めよう!』だと!?」

思わずスマートフォンを投げ出しそうになるマルクスを、さくらが必死に制止する。
「でも、これって逆に利用できないですかね?」
「何と?」

「だって、マルクスさんの資本主義批判を見に来た人たちに、その批判の正しさが広告によって証明されているようなものじゃないですか」

「なるほど...」マルクスは髭をさすりながら考え込む。「つまり、資本主義の自己矛盾が、最も露骨な形で現れているということか」

新たなツイートを打ち込む。
『資本主義は、利潤を追求するあまり、自らの矛盾を暴露せずにはいられない。この投稿の下に現れる広告を見よ。諸君、これこそが現代の物神性の極致である!』

「また広告が...」
「今度は何だ!?」
「アンチエイジングクリームです」
「まったく!」マルクスは思わず笑みを漏らす。「資本主義は、老いた髭面の哲学者の言葉にまで、若返りの商品を結びつけるというのか」

その夜、マルクスのツイートは思わぬ反響を呼んでいた。
『確かに、広告まみれのSNSって資本主義の縮図かも』
『マルクスのツイートと広告の組み合わせ、シュールすぎる』
『これって、アート作品として成立するのでは?』
窓の外では、渋谷の街が夜の虹色に輝いていた。スクランブル交差点の大型ビジョンには、新作スマートフォンの広告が流れている。その光を受けて、マルクスの髭が静かに揺れていた。
 
続く


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