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カールマルクスが渋谷に転生した件 20 マルクス、政治活動のルールを学ぶ
マルクス、明日から本気出す
「われわれ「共創体」の現状を整理しよう」
ワクドナルドの深夜、木下がタブレットを操作する。
「Das Kapital TVのチャンネル登録者は300万人突破。アンチテーゼとのコラボ効果で、10代、20代の割合が増加。ただし…」
「具体的な変革には至っていない」さくらが首を振る。
アイドル騒動の後、すでに一年が経過しようとしていた。登録者や「団結せよ!2.0」ユーザーは順調に増えていったものの、特に政治的な動きがあるわけではなかった。
「アイドルとのコラボもそうですけど、むしろ、エンタメ化してますよね」さくらが続ける。
「エンタメ?」マルクスの髭が震える。「あれほど真剣に理論を語っているのに...」
「もう少し実践的な活動が必要かも」木下が提案する。
「その通りだ」マルクスが一気に立ち上がり、フロックコートをはためかせる。「公共空間での直接的な対話を始めよう。現代の政治は、官僚主義的な規制で人々の声を奪っている」
「ついに」さくらが前のめりになる。「道路使用許可とか、とっておきますね!」
「許可?」マルクスの目が輝く。「公共の場で語ることに許可がいるというのか。これこそ現代の抑圧装置!」
「でも警察が...」
「19世紀から変わらぬ権力の圧制か」マルクスが拳を握る。「なら、なおさら実践あるのみ!」
「あの」木下が神妙な面持ちで。「具体的にどうするんです?」
「明日の正午」マルクスが決然と。「スクランブル交差点の中央で、資本主義の矛盾を説く!」
「それ、交通妨害では...」
「妨害?」髭が逆立つ。「渋谷という消費の象徴で、搾取の本質を語ることが、どうして妨害に...」
「あ」ケンジが窓の外を指さす。「お巡りさんが」
「やはり来たか」マルクスが毅然と構える。「私の理論が権力を震撼させているということだ」
「いや」さくらが恥ずかしそうに。「単に、お客さんから『大声で怖い』って」
「なに!」マルクスの声がさらに大きくなる。「これこそブルジョワジーの...」
「ほら」木下が立ち上がる。「やっぱり大きいです」
マルクス、普通に迷惑
翌日正午。
「諸君!」
スクランブル交差点の真ん中で、マルクスがフロックコートをはためかせる。
「現代の搾取システムについて語ろう!我々の生きるこの渋谷こそ、物神性の極致ではないか!見たまえ、109のネオンの数々を!」
人だかりができ始める。スマホを向ける若者たち。
「この消費の神殿と化した街で、我々の労働は商品と化し、我々の人生は...」
「マルクスさん」木下が焦って。「人が多すぎて」
「よかろう!」マルクスの髭が誇らしげに揺れる。「より多くの民衆に真実を!」
「いや」さくらが指差す。「交通が完全に麻痺してます」
パトカーのサイレンが鳴り響く。
「来たな、権力の手先め!」マルクスが声を張り上げる。「しかし私は、19世紀のロンドンでも屈しなかった。まして...」
「動画、バズってます」ケンジがスマホを覗き込む。『ヤバい髭のおじさんが渋谷で革命起こしてる』
「おい!」警官が駆け寄ってくる。「これは完全な交通妨害です!」
スクランブル交差点は今や完全に機能停止。周囲のビジョンには予定外の人だかりが映し出され、マルクスの演説が渋谷の街に響き渡る。
「見よ!」マルクスが満足げに。「民衆が集まってきた!」
「いや」警官が無線を取る。「機動隊の要請を...」
「機動隊!?」さくらが慌てて。「マルクスさん、まずいです!」
「むしろ好都合」マルクスの目が輝く。「これぞまさに階級闘争の...」
「あの」木下が神妙な面持ちで。「せっかく広がったDas Kapital TV、このまま活動停止になったら...」
「む」マルクスの髭の動きが止まる。
「視聴者の皆さんも」ケンジが続ける。「ちゃんとしたルールの中での活動を期待してると思うんです」
「悪法も、法か...」
「うむ」マルクスが深くため息。「悪法も法か。エンゲルスよ、お前だったらどうしただろうか…」
さくら「とりあえず撤収しましょう!急いで!」
マルクス、理解を示す
「あの」木下が企画書を取り出す。「実は、合法的な政治活動のプランを練ってまして」
「ほう?」
「まず、選挙管理委員会に政治団体の届出を。それから街頭演説の許可申請、ポスターのルール確認...」
「なんと面倒な!」マルクスの髭が逆立つ。「しかし...」
「渋谷警察署の方も」さくらが続ける。「意外とフレンドリーでしたよ。Das Kapital TV、見てくれてるみたいで」
「なに!?警官が私の理論を?」
「過労死ラインの動画が、特に刺さったとか」ケンジが補足。
マルクスの表情が変わる。
「つまり、合法的な枠組みの中でも、既に私の理論は浸透していると?」
「そういうことです」
「...分かった」マルクスが決意を込めて。「では、この『許認可』という官僚制のシステムと、正面から向き合うとしよう」
「よかった」さくらがほっと胸をなで下ろす。
「ところで」マルクスが警官に向き直る。「その申請書類というのは、いったい何枚...」
*
渋谷区選挙管理委員会。
「看板の規格が150センチ×40センチ以内?」マルクスの髭が震える。「なぜそこまで細かく規定する!」
「あの」事務員が小声で。「足の部分も含みます」
「足まで!?」
「それと」木下が資料を指す。「ポスターにベニヤ板での裏打ちは禁止で」
「なぜだ!風で飛ばされては...」
「そもそも」さくらが提案する。「規制って、みんなが公平に政治活動できるためのルールなんじゃ...」
「では、他の規制は?」マルクスが身を乗り出す。「さらなる弾圧の数々を見せたまえ」
「いえ」事務員が首を傾げる。「基本は自由です」
「なに!?」マルクスの髭が驚きで逆立つ。
「ほら」木下がタブレットを見せる。「集会、演説、ビラ配り。ちゃんと届け出さえすれば」
マルクスが深く考え込む。
「意外と自由だな。そうか...これこそが重要なのだ」
「え?」
「見たまえ」マルクスが立ち上がる。「言論や政治活動の自由。これは人類が長い闘争の末に勝ち取った権利だ。この自由があってこそ、独裁や専制を防ぐことができる」
「なるほど」さくらが目を輝かせる。
「あ、でも」木下が資料を開く。「高校での政治活動については、文部科学省から通達が」
「なに?学校で政治活動の制限とは!」マルクスが立ち上がる。「若者の政治的意識を育む場所で...」
「いや」木下が説明を加える。「18歳選挙権の導入で、高校生も有権者になりました。だからこそ、教育の中立性とか、授業への影響とか。合理的な範囲での制限なんです」
「合理的?」マルクスの髭が激しく震える。「誰が決める?何を基準に?これこそ権力者による恣意的な...」
「例えば」さくらが制する。「授業中に突然演説を始めたら、他の生徒の学ぶ権利が...」
「それに」ケンジが付け加える。「Das Kapital TVのコメント欄だって、ある程度のルールがないと、まともな議論に...」
「むむ」マルクスが考え込む。「確かに、無制限な自由は、時として対話を阻害するということか」
「そうなんです」木下が頷く。「だから『合理的な制限』って、みんなが参加できる環境を作るため...」
「しかし」マルクスが急に立ち上がる。
「どうしました?」
「このポスターの規格」マルクスが再び髭を震わせる。「これは果たして『合理的』と言えるのか。私の髭が収まらんぞ!」
「また髭ですか」全員で溜息。
渋谷の春の風が、規格外の髭を静かにそよがせていた。