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カールマルクスが渋谷に転生した件 18 マルクス、お笑いに目覚める(前半)

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マルクス、ヒゲがバズる

「これは...私のモノマネ?」 マルクスが、スマートフォンの画面を食い入るように見つめる。若手芸人のネタ動画が再生されている。

「そうです」ケンジが笑いを堪えながら。「TikTokで50万いいねがついてます」

『じゃあ、今日はですね〜、渋谷の再開発について考察していきましょう〜』 画面の中の芸人が、明らかにマルクスを意識した口調で語り始める。付け髭が妙にリアルだ。

「髭の動きまで完コピしてますよ」さくらが指摘する。

「むっ」マルクスの本物の髭が震える。「私はあんなふうに髭をもじゃもじゃとは...」

「でも面白いと話題になってるんです」木下がスマホを覗き込む。「特に若い層に。コメント欄見てください」

『マルクス先生のモノマネ面白すぎw でも言ってること分かりやすい!』 『搾取の説明、こっちの方が理解できた(笑)』 『#MarxChallenge やってみた!』

「あ、新着メールです」ケンジが画面をタップする。「Das Kapital TVへのコラボ依頼...お笑いコンビ『アンチテーゼ』から」

「アンチテーゼ?」

「このTikTokの人たちです」木下が説明を加える。「二人とも政経学部出身で、就活中に『資本論』読んで、まさに目からウロコが落ちる体験をしたそうです」

「ほう?」マルクスの髭が興味を示す。

「それで普通の就職は諦めて、お笑い養成所に...」さくらが続ける。「TikTokでは政治経済ネタで人気なんですけど、テレビの賞レースはさっぱりで」

「賞レース?」

「これです」木下がタブレットで昨年のN-1グランプリの動画を再生する。

『え?ちょっと何言ってるかわからないです』 『なんで何言ってるかわからないんだよ!』 『いや、だって急にタコの話始めたじゃないですか』 『俺が話したのはイカの話だよ!』 『いや、タコでしょ?』 『イカ!』 『このタコ!』

客席から大きな笑いが起こる。

「ふむ」マルクスが真剣な表情で画面を見つめる。「これが漫才か。なるほど、掛け合いによる弁証法的展開...しかもこの緊張と緩和のリズム...」

「あ、マルクスさん」ケンジが心配そうに。「また理論的な分析を...」

「待て」マルクスが身を乗り出す。「この芸術形式には深い可能性が...」

「まずはコラボの返事を」さくらが促す。

「ああ」マルクスが我に返る。「確かに」

だが、その目は既に次の漫才動画に釘付けになっていた。

マルクス、ハマる

「失礼します!」 レンタルスタジオに「アンチテーゼ」の二人が現れる。スーツ姿の坊田と、やや緊張した様子の津山。

「ようこそ」マルクスが二人を見据える。「君たちの動画、興味深く拝見した」

「光栄です!」坊田が深々と頭を下げる。「実は『資本論』全巻、三回読破してまして」

「なに!?」マルクスの髭が驚きで逆立つ。

「特に第一巻第四章の物神性の概念には衝撃を受けて...」

「おい、また始まった」津山が小声で制する。「いつもこうなんです。すみません」

「いや」マルクスが満更でもなさそうに、身を乗り出す。「続けたまえ」

「あの」ケンジが割って入る。「まずはコラボ内容を...」

「ああ」マルクスが我に返る。「そうだな。TikTokから始めようか」

「違う!」マルクスが声を荒げる。「その髭の揺らし方では、搾取の本質を表現できん!」

「す、すみません!」坊田が必死に髭を調整する。

「そして」マルクスが立ち上がる。「スマートフォンの持ち方!資本主義を告発する時は、このように高く掲げて...」

撮影は難航を極めた。何テイク目かの休憩時間。マルクスが突然、「そういえば…」と切り出す。

「君たち、漫才とやらはやらんのか?」

「え?」坊田と津山が顔を見合わせる。

「いや、その...」津山が言いよどむ。「漫才は苦手で。テンポも掴めないし、なかなか笑いも取れなくて」

「ふむ」マルクスの髭が揺れる。「昨晩、漫才というものを研究してみたんだが、実に興味深い形式だ。単なる掛け合いに見えて、そこには弁証法的な...」

「また始まった」さくらが小声で。

「待て」マルクスが続ける。「考えてもみたまえ。君たちが今やっているTikTokのネタ。あれを漫才という形式に変換すれば...」

「でも」坊田が首を傾げる。「政治経済ネタで漫才なんて...」

「なぜだめだ?」マルクスの声が大きくなる。「資本主義における商品物神性を、ボケとツッコミで表現する。これこそ...」

「声が大きいです」ケンジが制する。

「む」マルクスが我に返る。「すまない。しかし...試してみる価値はあるのではないか?」

スタジオに沈黙が流れる。

「じゃあ」津山が意を決したように。「一度だけ...」

マルクスの髭が、期待に震えていた。


マルクス、熱血指導をする

「違う!違う!」 深夜のレンタルスタジオに、マルクスの声が響く。

「そのツッコミでは、資本主義の本質が見えてこん!」

「はい...」疲れ切った様子の津山。「でも普通、もっとシンプルに...」

「シンプル?」マルクスの髭が逆立つ。「君は資本主義の矛盾を、そんなに単純に片付けられると?」

「いや、それは...」

「よし、もう一度!」マルクスが仁王立ちになる。「最初から」

「はぁ...」二人が深いため息。

漫才の冒頭が始まるが、すぐにマルクスの手が上がる。

「待て」

「また...」ケンジが呟く。

「間だ」マルクスが真剣な表情で。「理論を展開する時の間が、まだ足りない」

「間、ですか?」坊田が首を傾げる。

「そうだ」マルクスが立ち上がって。「弁証法的展開には、適切な間が...」

「あの」さくらが割って入る。「それマルクスさんの哲学講義みたいに」

「む」マルクスが我に返る。「すまない。つい...」

「でも」木下が興味深そうに。「なんか形になってきました」

夜が更けていく。マルクスの指導は、髭の動きから声の調子、立ち位置まで、実に細部にわたった。時折、過熱して持論を展開しかけては、さくらたちに制止される。

それでも、二人の漫才は少しずつ変化していった。

「おや?」木下がスマホを見て。「さっきの小ネタの動画がバズってます」

「まじっすか!?」二人が覗き込む。

『めっちゃ面白い!』 『こんな政治経済ネタあり?』 『N-1出てほしい』

「N-1...」坊田が呟く。

「ふむ」マルクスの髭が誇らしげに揺れる。「では、次は...」

「ちょっと」さくらが時計を指す。「もう朝の4時です」

「なに!」マルクスが驚く。「時の流れすら消費するのか、資本主義は...」

「もう、帰りましょうよ…」全員で制止する。 

続く


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