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カールマルクスが渋谷に転生した件 10 マルクス、責められる
マルクス、ぐうの音も出ない
「やってしまった...」
深夜のマクドナルドで、マルクスは両手で顔を覆い、テーブルに突っ伏していた。
「なんですかあれ!」さくらが普段にない調子で詰め寄る。「『これは革命をどう捉えるかという、本質的な違いです』って!」
「かっ...格好つけすぎですよ」木下も珍しく声を荒げる。「私たちだけで政党なんて作れるわけないじゃないですか!」
「うう...」マルクスの髭が萎れていく。
「まあでも」ケンジが弁護するように。「マルクスさんだからしょうがないっちゃしょうがない」
「どういう意味だ?」マルクスが顔を上げる。
「だって、革命家なんですよね?」ケンジがにやにや笑う。「カッコつけるの、お仕事ですから」
「私は真面目に...!」
「分かってます」さくらが吹き出す。「でも本当に、どうするんですか?政党って」
「ロンドンなら...」マルクスが髭をしごく。「いや、そもそも19世紀なら...」
「ここは令和の日本ですよ!」木下が天を仰ぐ。「政党って、どれだけお金が...」
「分かっている」マルクスは深いため息をつく。「エンゲルスがいれば...」
「また始まった」さくらが目を回す。「エンゲルス先生がいれば、エンゲルス先生なら...じゃあ私たちは何なんですか!」
「すまない」マルクスが小さな声で応える。「諸君たちは...」
「私たちだけじゃダメってことですか?」
さくらの声が少し震える。
その時、マルクスははっとして顔を上げた。
若者たちの真剣な眼差しに、かつてのパリの青年たちの姿を重ねる。
「違う」
ゆっくりと立ち上がるマルクスに、今度は期待のまなざしが集まる。
「我々には、既にある」
「何がですか?」
「新しい時代の"エンゲルスたち"が」
「えっ?」
一同が首を傾げる。
「ああ」マルクスが立ったまま熱く語り始める。「エンゲルスは資本家の息子でありながら...」
「あ、また始まった」さくらが天を仰ぐ。
「いや、聞いてくれ」マルクスが慌てて言い直す。「つまり...我々には、既に支援者がいるということだ」
「支援者?」
「Das Kapital TVの視聴者たち。アプリのユーザーたち。そして...」
その時、マクドナルドの深夜バイトの女子大生が、こちらの会話を聞きながらニヤニヤしているのに気付く。
「あの...Das Kapital TV、見てます」
彼女が小さな声で。
「私たちのシフトの問題も、取り上げてくれませんか?」
「あっ、私も!」
隣のテーブルから声が上がる。
学生らしき男性が恥ずかしそうにスマホを見せる。
Das Kapital TVのチャンネル登録画面だ。
「実は、フォロワーの数、すごいことになってるんですよ」
ケンジがスマホを操作しながら。
「毎回のスパチャも...」
「スパチャ?」マルクスが首を傾げる。
「投げ銭みたいなものです」さくらが説明する。「視聴者が直接...」
「なんと!」マルクスが立ち上がりかける。「それは新たな形の搾取では...」
「まあ、座ってください」
さくらが慌ててマルクスの肩を押さえる。
店内の視線が、また集まり始めていた。
「つまり」木下が画面を示しながら。「これだけの人たちが、自発的に支援してくれているんです。この資金を元手に...」
マルクス、和訳に文句を言う
「じゃあ」ケンジが言う。「党の名前、考えましょうか」
「ふむ」マルクスが髭をいじりながら考え込む。「私はかつて、自らの思想にこう名前を与えた。」
「"Communisme"... しかし、この言葉が日本語になった時、なにか大切なものが失われてしまったように思える」
「どういうことですか?」さくらが首を傾げる。
「"共産"という訳語だ。まるで、国家による生産手段の管理が目的であるかのような...」
「確かに」木下が思案げに。「"共産"って言葉から受けるイメージって、なんか国営企業とか、上から押し付けられる感じというか...」
「本来は違う」マルクスの声が熱を帯びる。「元々は"commun"、つまり"共通の"、"共同体"という意味だ。人々が共に手を取り合い、より良い未来を創る。そのための思想なのだ」
「言い換えれば、共創...」
マルクスがゆっくりと言葉を反芻する。
「それ、いいかもしれません」
さくらが身を乗り出す。
「共に、新しい社会を創っていくって意味ですよね」
「ああ」マルクスの目が輝く。「単なる否定や批判ではない。人々が共に手を取り合い、新しい価値を...」
「それに」木下が補足する。「プログラマー的に言うと、"共創"ってオープンソース的というか。みんなでコードを書き換えていくような...」
「あの」
深夜バイトの女子大生が再び。
「"共産"じゃなくて"共創"...なんかスッと入ってきます」
「だろう?」マルクスが嬉しそうに髭をなでる。「かつて私が目指したのも、まさにこれだ。人々が主体的に...」
「また熱くなりそうです」
ケンジが茶化すように。
「いや」マルクスが珍しく冷静に微笑む。「今度は違う。この名前には、諸君たち一人一人の...」
「共創体。悪くないですね」さくらがつぶやいた。
続く