カールマルクスが渋谷に転生した件43 さくら、マルクスに認められる(後)
さくら、実は優秀だった
その時、Das Kapital TVのコメント欄が賑わいだす。
『不動産投資のセミナーで働いてます。やりがいがないって分かってるけど、給料がいいから...』
『アプリ開発してるけど、これ本当に世の中のためになってるのかな』
『介護の仕事、やりがいはあるけど、このままじゃ結婚もできない』
「あ」さくらが画面を見つめたまま呟く。
「気づきました」
「ほう?」マルクスが興味深そうに髭をなでる。
「これ、全部逆になってますよね」
さくらが静かに言う。
「人の役に立つ仕事ほど給料が安くて、むしろ害があるような仕事の方が...」
「むむ」
さくらはスマートフォンを手に取り、保存していたスクリーンショットを次々と開いていく。
「この一ヶ月のコメント、全部保存してるんです。面白い傾向が見えてきて」
さくらが画面を切り替えながら説明する。
「まず、夜勤や深夜帯の書き込みに注目すると、介護、工場、配達、警備...実際に社会を動かしている人たちの声が集中してる」
「ふむ」
「でも日中は一転して、投資、コンサル、マーケティング...数字を動かすだけの仕事の人が多い。しかも彼らの方が...」
「給料が高い、と」マルクスが眉をひそめる。
「それだけじゃないんです」
さくらがノートパソコンを開く。
表計算ソフトには、膨大なデータが。
「コメントの内容を分析してみたら、こんな傾向が」
画面には整理された表が。
仕事の種類:
実働的職種(介護、建設、配達等)
- やりがい:高
- 社会的必要性:高
- 給与:低
- 労働時間:長
- 将来への不安:大
数値管理職種(投資、コンサル等)
- やりがい:低
- 社会的必要性:疑問
- 給与:高
- 労働時間:中
- 将来への不安:中
「なんと!」マルクスの髭が感動で震える。
「これはまさに実地調査...!」
「でもね」さくらが続ける。
「面白いのはここから」
新しいウィンドウを開く。
「この両者の境界線上に、こういう職種が」
プログラマー、デザイナー、教師...
「本来は実働的で創造的な仕事なのに、数値管理に取り込まれていってる。木下さんみたいに」
「その通りです」画面の向こうで木下が頷く。
「僕たちプログラマーも、どんどん管理する側に...」
「そうか」マルクスが立ち上がる。
「つまり、かつての工場労働者のように、創造的な労働が搾取の...」
その時、掃除ロボットが襲来。
しかし、さくらは画面から目を離さない。
「だから私たち、逆をいかないと」
静かな、しかし確信に満ちた声で。
「この分断を、つなげていく必要が...」
「分断を、つなげる?」
マルクスが首を傾げる。
「はい。例えば...」
さくらが新しいウィンドウを開く。
『今日も誰も住まない高級マンションを建ててる。でも、俺の家賃は上がる一方』
という建設作業員のコメントに、返信が連なっていた。
『介護施設も、高級老人ホームばかり増えて...』
『配達員も、高級マンションばかり増えて、地域のつながりが薄れて』
『元プログラマーです。搾取のためのアプリ開発から足を洗いました』
「見てください」
さくらの声が力強くなる。
「みんな同じ問題に気づいてる。ただ、それぞれが孤立してるだけ」
「おお!」
マルクスが興奮気味に。
「つまり、現代版の...」
その時、停電が起きる。
「あ」
「また掃除ロボットが...」
「しかし!」マルクスが闇の中で叫ぶ。「続けたまえ!」
マルクス、認める
暗闇の中、さくらの声が響く。
「Das Kapital TVや「連帯せよ!2.0」のコメント欄って、ただの感想を書く場所じゃないんです。実は、新しい連帯の...」
「新しい連帯の場になれる」
暗闇でさくらの声が続く。
「だってマルクスさん、よく『万国の労働者よ、団結せよ』って言いますよね」
「むむ」
闇の中で髭が震える気配。
「でも今は、職種も働き方も違うし、みんなバラバラ。昔みたいに、同じ工場で働いてるわけじゃない。だから..,」
「団結せよ!2.0を、もっと発展させられると思うんです」
さくらがスマートフォンのライトを灯す。
「今まではブラック企業の告発が中心でした。でも、このデータを見てわかったんです。私たちに必要なのは、告発だけじゃない」
青白い光の中、画面が輝く。
『団結せよ!3.0 - 価値の連鎖プロジェクト』
「これは!」マルクスが身を乗り出す。
「建設作業員さんの技術を、これから家を建てたい若い人に。介護の知恵を、ヤングケアラーの人に。プログラミングの知識を、搾取に反対する人に」
さくらの声が熱を帯びる。
「告発から創造へ。搾取の可視化から、新しい価値の連鎖を作り出すんです」
その時、電気が復旧する。
眩しい光の中、マルクスの目が潤んでいた。
「どうかしました?」さくらが心配そうに。
「いや」
マルクスがゆっくりと立ち上がる。
「かつて、私には理解者がいた」
「ああ、エンゲルスさんですね」
「そうだ。彼は工場の現実を見せてくれた。そして理論の発展を支えてくれた」
マルクスの声が感動で震える。
「そして今、君は...」
「え?」
「現代の搾取の現実を、データという新しい手法で明らかにし、そして新しい連帯の可能性を...」
「まさか」さくらが慌てて手を振る。
「私なんかが、エンゲルスさんのような...」
「いや」マルクスが静かに、しかし力強く言う。
「君は、エンゲルスを超えるかもしれん」
「エンゲルスは工場という一つの現場から搾取を明らかにした。しかし君は、デジタルという新しい手法で、あらゆる現場の声をつないでいく。そして何より...」
「何より?」
「理論を、実践へと架橋する。告発を、創造へと変える。これこそ、私たちが求めていた本当の...」
その時、掃除ロボットが最後の力を振り絞るように、マルクスの髭に向かって突進する。
「むっ!この無法者め!」
「あ、マルクスさん、原稿が...」
散らばった紙を拾いながら、さくらは小さく笑う。
理論と実践。
過去と現在。
デジタルと現実。
全てをつなぐ場所が、ここにはある。
窓の外では、夕陽が沈みかけていた。
しかし、新しい連帯の夜明けは、確かにそこに始まろうとしていた。