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自転車オンナと薔薇の名前
色々と配慮をして、それなりのロケーションを選んでいる筈なのに、撮影中たまたま通りかかる通行人が邪魔になる時がある。
一番問題なのは子どもで、彼らは遠慮がないから思ったことをすぐ口にする、こちらに絡んで来る時さえある。
それとは逆に、おおかたの大人は、こちらの側を通過する時も、眉をしかめて通り過ぎるか、無関心を決め込むのが普通だ。
まあ激しい方のリアクションでも、こちらを振り返ったり、ヒソヒソ話をする程度だ。
これが普通の撮影ならそうでもないんだろうけど、、何分エロだから、、反応すると自分まで変態だと周囲に思われるという気になるのだろう。
その反応は、人前で堂々とキスをする若い衆だってそうなのだ。ビデオカメラの力って、いやアダルトビデオの野外撮影の破壊力って凄い。
AVといっても、こっちは販売ルートもなく、内輪向けのプロモで本当に極少数の撮影クルーによる内職程度のものなのに、これだもの。
で、その通行人が立ち止まった。
いや正確に言うと、彼女は自転車に乗っていたから停止したと言った方がよいのか。
身体の線が相当崩れ初めているけれど、年齢はこっちと同じ歳くらい。
数メートル離れて自転車を止めると、こちらを振り向いたのが見えた。
剣道で言うと正眼の構えみたいな、揺るぎない視線というのか、、。
そしてその後、どういう訳か彼女は首だけを捻じ曲げ、こちらに背中を向けたままピクリとも動かないのだ。
あくまで自転車は「向こう」にむいている。
勿論、こちらだって彼女の事をじっと観察していた訳じゃない。
相手の娘と絡みながら薄目を開けると、彼女が時々こちらの視界に入るという事なのだが、ただでさえ恥ずかしい路上でのディープキス、、相手の鼻だって大きく口に含んだりするのにだ、気持ちが覚めてしまうと何も出来なくなる。
依然として彼女はぜんぜん動かない。
こちらの方は彼女が気になり過ぎて変な風に緊張して来くるし、次は相手の鼻を舐める段取りになっていたので、二つが重なって思わず吹きだしそうになった。
やばいよ。きっと顔がゆるんで映ってるって、、。
それにしてもなんなのあのオンナは、ひょっとして頭がオーバーワーク気味の百合の人?
参加したいんなら、ここの監督に言えば、、こいつなんでもアバウトな奴なんだから、、とかなんとか考えている内に、ようやくその自転車女は立ち去ってくれたんだけど、、世の中には色んな人がいるんだなぁと再認識した一日だった。
このお仕事の帰り、所用で難波の少し入り込んだ裏通りを歩いていたら、知り合いの殿方に出会った。
一旦化粧をおとして、こっちはまだ化けていない遅い昼下がりだったから、向こうはまったく私に気が付かない様子。
化けると言えば殿方の方も化けていた。
普段の彼は、背が高くて彫りの深い顔をした家族思いのナイスガイで、さらにとても折り目正しい品行方正な立派な人なのだ。
その殿方が、まるでやくざのような服装で、派手な格好をしたお水の若い女の子をつれて、やに下がりながら肩で風を切って歩いていた。
四十代後半、分別盛り、、浮気が余りに似合わぬ人なので、正直言って私は不倫ドラマを見てるみたいに、少し興奮してしまった。
ジェットコースターは「墜ちる恐怖」を楽しむ遊具なんだけど、彼の姿を見て、ついつい引きこまれるはその落差のせいだ。
「墜ちてしまえ!」と心の中で呪詛の言葉を吐きながら、その実、私は興奮しているのだった。
浮気はほどほどに。誰が貴方を見ているか判りませんよ。
道を歩いていて発見すると言えば、こんなファッションの類がありますね。
黒のニーソックスの脹ら脛の部分に、真っ赤な紐がクロスで編み上がったデコレーションとか。
多少は可愛さを加味してるものの、これって丸ごと「女王様ブーツ」ですね。
目の前を歩いてた女の子の足元ファッションなんだけど、自分のお仕事ユニホームを思い出してついニヤり。
私なんかが、お仕事でしか使わないようなビザールファッションも、味付け一つで日常の中に潜り込ませる事が出来るんだなぁって。
目立つって事は、バラの花みたいに、綺麗さの中にちょと痛い毒があるってことなんだよね。
そうそう「この漢字書ける?の代名詞」なのが「薔薇」。
キーボード依存症の私なんて、まったく書けない字ですが。
でも「薔薇」って漢字は好き。
画数とか姿形自体がバラそのものだし、花びらの重なり具合とか、棘とか文字の雰囲気が似てるでしょ。
ところで私のマンション近くにある公園横に、密かに「薔薇屋敷」って呼んでるお屋敷があるんです。
お屋敷の庭に、毎年この時期になると綺麗な薔薇が沢山咲くんです。
お散歩の時とか凄く楽しみにしてたんだけど、それがこの前通ったら玄関越しに小さな立て看板が見えて「お庭の薔薇を見ながらお茶しませんか。紅茶400円」って書いてあるわけ。
このお屋敷、フェンスが結構重厚で、庭の中で咲き誇ってる薔薇の総てが外から眺められるわけじゃないので、中に入ったら確かに眺めはいいだろうなとは思うんだけど、気持ち的には「素人さんが商売かよ~」って。
薔薇が似合う深窓の令嬢がサービスしてくれるならまだしも、私が時々見かけるこの屋敷のご主人は結構庶民的な香りのする老年夫婦だし、、。
この時期だけ頼み込んで昼間のバイトしちゃおうかしら、「薔薇のニューハーフメイドカフェ」なんて。
でも丹誠込めて育てられた薔薇ってやっぱり綺麗だなぁ。
薔薇って、綺麗に咲くために生まれてきたって感じ。
てな事で、一ヶ月ほどしたら、世の中は三日見ぬ間の桜かなで、この薔薇屋敷も、花びらが落ち始めました。
薔薇の場合は、桜の桜毛氈とは違って、かなり散り際の風情が違いますねぇ。
花びらを敷き詰めるというより、分厚い花模様の絨毯が敷かれているという感じで、そこから立ち上る香りもきつくて酔いそうになります。
薔薇は歌の「百万本のバラ」とか、ミステリーの「薔薇の名前」とか、結構ゴージャスぽい愛のイメージで使われる花だけど、自分の中では余り健康的なイメージがないんです。
かと言って隠花植物程でもなく、不思議な花。
植物というより何故か、「肉」を連想させるところがある。
私の場合は、この甘い香りが女装を本格的に始めた高校時代の記憶と結びついている所があって、断続的にあの頃の様々なシーンを思い出しちゃうんですよね。
○○公園の植え込みの陰で、友達の生臭いペニスに何故か猛烈に欲情してゲロしながら口に咥えたこととか。
stat rosa pristina nomine, nomina nuda tenemus.
「過ぎにし薔薇はただ名前のみ、虚しきその名が今に残れり」
薔薇は神が与えた名前だから、君の移ろい消えゆく記憶の中の薔薇には名前なんてないんだからね、でも君はその薔薇を愛してるよね、愛せるよね。
記憶って不思議ですよね、こちらの意思では制御できない。
薔薇の香りがきっかけになって思い出すようなものもあれば、逆に本当は事実として存在するのに、すっぽりと完全に抜け落ちているような記憶もあって面白いものです。
例えば読み物で言うと、大江健三郎の「性的人間」の中で、16歳の女が宴会の余興で裸でカエルの着ぐるみを着て、しかもその着ぐるみは股のところに穴が開けられていて性器がむき出し、というシーンがあるらしいんですよね。
しかもそのカエルの着ぐるみはゴム製で、それを着させられた女が動くたびにキュッキュと音がしてその有様がまた官能的という描写なんだとか。
そう書いておきながら、私自身は「えっ?ハッ、え~っ、全然覚えてないよ~っ!」なんです。
実を言うと私は高校の時に大江健三郎に少しかぶれた時期があって文庫本4・5冊読んだことがあるんですよ。(今、大江なんて読もうとも思わないけど。)
当然「性的人間」も読んだのに、なんでカエルゴムスーツなんていう描写を覚えていないんだろう?
まあ、あの頃は女装オンリーで、まだラバーフェチのぬかるみには填ってなかったからなぁ。
みたいな感じで最近、若い頃の「性的生活」が解けて、浮かび上がってくる私でございます。
「私の、青色の薔薇の花の名前」ってところでしょうか。