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The GORK 26: 「テントウ虫のサンバ」
26: 「テントウ虫のサンバ」
阿木のアフロヘヤーの先端が、力のある夕日のせいで、陽炎のように揺らめいて見える。
その襟元は黒いシャツで、さらにその上着は白いスーツだった。
ただしそのスーツの袖口から出ている手は、金のチェーンで飾られているものの、コンビニのビニール袋が幾つもぶら下げているので、少し間抜けな感じがする。
それは、俺達の数日分の食料だ。
いやもしかしたら俺達ではなく、俺一人だけに用意されたものかも知れないが、、。
俺は、廃工場跡の敷地を両左右後方に別れて遅れてついて来る、いかにもチンピラ然とした二人の若者達に振り返り、愛想良く手を振ってみせる。
若者たちには、阿木程の箔こそなかったが、抜き身の刃のような凶暴さがある。
それが街のちんぴらとは、少し違っている部分だった。
そして若者の一人は、リョウにどことなく面差しが似ていた。
リョウと同じく女性と見紛う美少年と言って良かったが、それをわざとリーゼントの髪型や胸元の開いた派手な柄シャツで誤魔化そうとしているようだった。
俺の仕草にどう反応していいのか判らず、二人の若者は視線を泳がせている。
どうみても俺は彼らより年上だ。
しかもその身辺警護を、上から仰せつかった人物なのだ。
そんな人間から、愛想をヘラヘラ振りまかれても困るだろう。
「悪いね、、人手を割いてもらって。」
前に向き直って俺が阿木に言った。
「軽いな、あんた。蛇喰さんからは、あの裏十龍を陥没させた男だと聞いたんだが」
そうさ、俺は軽いんだ。
そういう軽い男だから、金に目が眩んで、あんたらの親分に乗せられて、アウトサイダー達の塒を潰しちまったのさ。
特にマリーの気持ちを思うと複雑な気持ちになった。
裏切り者といえば、マリーもそうなのだが、彼女に裏十龍を裏切らせたのは蛇喰だ。
俺なら、リョウと他の何か大切なモノを、天秤に掛けられる様な事になったらどうするだろう?
俺達の行く道筋に見えるのは、コンクリート壁、味気のない金網フェンス、の連続であって、時々は巨大なコンテナが幾つも積み上げてあり、此所が人の住む場所でない事を決定的に教えてくれる。
そして夕焼けの空に、又、あのUFOが浮かんているのが見えたが、もう慣れっこになっていて気にもならない。
俺達が乗ってきた車は、5分ほど前にこの広大な敷地に設置されたゲートの前に置いて来た。
此処に入り込む為に、超えなければならないゲートは、車でも強行突破しようと思えば乗り入れられるような簡単ものだったが、俺達は律儀にもそこで降りてここまで歩きで移動してきたのだ。
おそらくこの広大な工場廃墟は神代組の所有地なのだろう。
阿漕な手段で手に入れたは良いものの、現金化が出来ずに持て余している内に、それなりの使い道が出来たという所か。
「これからお世話になるんだ、後ろの彼らとも仲良くしようと思ってね。それに一人は俺の知り合いによく似てる。可愛い方だ。」
「ちっ、あんたホモっ気があるのか?・・それにしても、まったく邪魔くせぇ話だ。この歳になって人を守ってやる側にまた回るとはな。」
「ほう阿木さんは、攻撃専門ですか。」
「攻撃専門か、、ゲームみたいな言いぐさだな」
阿木相手に、だらだらと軽口を叩いている俺だが、正直、胸ん中は穏やかではなかった。
裏十龍の報復がどのような形で始まるのか予想もつかなかったからだ。
今のままだと事務所にも帰れないし、リョウにも会えない。
周囲の人間を巻き添えにする訳にはいかないからだ。
裏十龍から逃げ出し、暫くリョウに会えないでいる俺の頭の中で、リョウの姿が美しく何倍にも膨れ上がっていた。
そして時にはその姿がの二人のマリーに変化していた。
リョウに、これ以上、迷惑はかけられない。
十蔵が、いや裏十龍がきっと復讐にくるだろう。
俺は一体何の為に、この仕事を始めたのか、、、リョウに自分のいいところを見せる為?
報酬金でリョウと一時の甘い夢を見るため?
蛇喰の依頼は果たしたものの、煙猿の調査は一向に進まず、沢父谷姫子の消息などまったく掴めていない。
こちらの世界ではトラブルを抱え込んだら、頼りなく見えても結局は警察に頼るのが一番良いのは探偵業の経験から判りきっているのだが、今回の場合、いかに治外法権の中の事とは言えど「罪」を犯したのは俺の方だった。
俺は結局、蛇喰に頼るしかなかったのだ。
蛇喰は俺の為に、阿木を始めとする用心棒付きの隠れ家を用意してくれた。
裏十龍のカタは俺が付けてやるから。暫く我慢しろと。
やくざにしては良心的な対応だった。
おそらく俺は、裏十龍に残った最後の潜在戦力を、外界におびき出す為の餌として使われるのだろうが、それでも蛇喰の庇護は、今の俺には有り難い話だった。
阿木は、他と比べると、やや小規模の周囲の建物から独立した倉庫の前で立ち止まり、ポケットから鍵を取り出した。
その倉庫は、ほかの倉庫と違って機密性が高そうだった。
本来は薬品や可燃物の類を保管する目的のものだったかもしれない。
ほとんど窓がない。
一つの壁面に小さいものが一つ、申し訳程度の窓があったが、その位置は高く格子がはめ込まれているようだった。
アクセサリー程度の明かり取りなのだろう。
倉庫の中には阿木と俺だけが入り、二人の若者たちは外に残った。
「ここにはバスユニットもあるし、簡単な調理器具もある。冷蔵庫もテレビも、、、組が用意したものだ。外には俺たちがいる。鍵はあんたに渡す。これからは内側からしか開け閉めができない。食事は俺たちが調達する、その他、、、ケンタを抱きたいってのは無理だが、大概の用事なら俺たちが済ませてやろう。人を入れる時は、必ずビデオ付きのインターホンで確認しろ。」
阿木の部下の内、可愛い顔をした方を、彼らはケンタと呼んでいるのだろう。
その口調から阿木の部下に対する暖かさが感じられた。
阿木は振り向きもせず、自分の背後にあるドアの方向を親指で指して言う。
阿木の肩越しにインターホンの受信部が壁に取り付けてあるのが見えた。
入る時には気づかなかったが、玄関にはレンズ付きのインターホンがあったのだろう。
それにしても随分なれた指示の仕方だった。
この倉庫にかくまわれた人間が、過去に何人もいたのだろう。
確かに、このブロックなら昼間から銃撃戦が行われても、警察に通報がいくのには、数時間後になるような気がした。
都心から2時間以上離れているという距離の問題以上に、生活上の消費生産のルートそのものから見放されたような場所だった。
続いて、阿木は倉庫の中央におかれたスチール製のテーブルの上に買い込んだ食料の詰まったビニール袋を置くと、さらにその横に、自分の白いスーツから取り出した拳銃をごとりと添えた。
「これはあんたのだ。使い方は知っていると聞いている。予備の弾はいるかい?俺の分を回してやる。同じのを使っているからな。」
「いや結構。あんたたちがいてくれるんだ。これはお守りとしては十分すぎる。」
「・・なら、いいがな。ここにつれて来られる時点で、あんた、状況としては相当厳しいんだぞ。」
「いくら拳銃があっても、あんたらが突破されるくらいなら、俺にそれを防ぎようはない。」
「まあ、そういうことかな。しかしそう長くはかからないだろう。蛇喰さんが動いてるんだ。・・そうそう、後はこれだ。ホットラインって奴だな。隠れている間、このスマホ以外の情報は信用するな。」
阿木は思いだしたように自分のポケットから真新しいスマホを引き抜くと俺にそれを差し出した。
「あんた自分のスマホ持ってるんだろ。これは蛇喰さんと俺だけに使うんだ。俺たちの分の登録は済ませてあるから誰からの着信なのかは目で見てわかる。できれば自分のスマホも使わない方がいいとは、思うがな。人間、喋れば喋るほど自分では気づかないうちに、いろんな情報をまき散らすことになる。あんたの居場所は、今のところ誰にも知られていない。それを大切にしろ。」
居場所を知られていない、、あんたら神代組以外はな、、という言葉を俺は飲み込んだ。
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