The GORK 5: 「白いブーツの女の子」
5: 「白いブーツの女の子」
沢父谷姫子の捜索は困難を極めていた。
まるでこの世界から蒸発してしまったかのようだ。
だから俺は回り道でも、あのDVDから沢父谷姫子の足取りを辿ろうとしていたのだ。
そして失踪前の沢父谷を撮影した嘉門の居場所を突き止めた。
その嘉門を歌舞伎錦町の路地裏で見つけ出したのは、いいものの、そこには思わぬ先客がいた。
遠目では嘉門が「悪い女」に引っかかって絞り上げられているのかと、一瞬思ったのだが、、。
嘉門を小便臭い壁際に追い込んで、ブーツを履いた足で蹴りを入れている白いハーフコート姿の女に見覚えがあった。
何かの手違いでAV嬢やってるスーパーモデルみたいな女。
それは女装したリョウだった。
リョウはリョウで、姫子失踪の謎を解こうと自分一人で動き回っていたわけだ。
リョウが先の尖ったブーツで、嘉門のふやけきった脇腹に本気の蹴りを入れそうになる直前、俺はそれを止める事が出来た。
「止めろよ。リョウ!!」
後ろから羽交い締めにする俺の鼻腔に、リョウの身につけている香水の匂いがなだれ込んで来た。
俺の頭の中で、リョウの肩の小ささとか腰の細さとかを手で味わっている自分のイメージが溢れ返る。
目の前にあるリョウの髪の匂いが、益々そのイメージを加速する。
リョウの唇の柔らかさや、その舌が固くなったり柔らかくなったりするのを自分の舌で確認したい。
更にリョウの舌の表面のざらざら具合とか、唾の量とかどんな舌の動きするのかとか、、、糞っ。
リョウは男なんだ、それに俺はホモじゃない。
俺は「止めろ」と一層、大きい声を出したが、それは半分、自分の妄想を止める為のものだった。
リョウが自分を止めに入った男の顔を確かめようと振り返る。
切れ長の黒目がちの目、白い部分はチャイナボーンみたいに真っ白。
たいしてマスカラも塗っていないのにボリュームのある睫。
それらが怒気を含んで一瞬、俺を睨み付ける。
まるで食事を邪魔されて怒っている猫みたいだ。
火傷を負っても掴みたいくらいの美しさ、、。
吊り上がった目が、俺を認めて緩むまでに少しだけ時間がかかった。
俺は羽交い締めを止めてリョウの隣に立つ。
だが俺の手はまだリョウの肩に置かれている。
リョウの今の雰囲気から考えて、突発的な怒りが再び起こらないとは断言できないからだ。
「所長、、どうしてここに、、。」
「それはこちらの台詞だよ。オマエ、俺に仕事を頼んだんじゃなかったのか?」
リョウが発する体温の熱気に蠱惑されながら、俺はリョウの細い肩にかけた自分の手を降ろす。
さっきまで自分の手の甲に被さっていたリョウの髪の毛の感触がぴりぴりする。
それは髪の毛と言っても、リョウが被っている女装用のウィッグだ。
リョウの頭は小さく、マネキンみたいな綺麗な形で、上等のウィッグを付けると本物の地毛と見分けがつかなくなる。
だが俺は、当然それが偽物である事を知っている。
俺は、そんなものにさえリョウの「女」を感じている自分を振り切る為に、目の前にしゃがみ込んでいる嘉門を思いきりハードボイルドに眺めた。
太り気味の身体を無理矢理ジーンズの上下に押し込んだ嘉門が、俺の視線を感じて一瞬だけこちらを向いた。
嘉門の長髪が汗だらけの顔に張り付いているのが見えた。
「あんたグロイストの嘉門さんだね。」
嘉門は、俺からついと視線をそらせて、路地から辛うじて見える表通りの雑踏を見つめる。
さっきまで若い女に痛めつけられていたのだ、その醜態を目撃した男に、どう反応していいのか判らないのも無理はない。
だがそれにしては、嘉門の股間がペニスの勃起で膨れ上がっているのは妙な現象だった。
俺も、リョウの白いブーツで蹴られている自分を一瞬想像してみる。
悪くないかも、、、。
だがリョウはこう見えて、性にたいしては妙に潔癖症的な部分があるから、俺がそんな素振りを見せた瞬間に軽蔑されるだろう。
そしてその軽蔑は怒りに転化し、、、俺はうっすらと顔を上気させているリョウの顔をちらりと横目でみて、リョウと嘉門の間で繰り広げられた事の次第を理解したような気がした。
リョウは、初めから嘉門をリンチにかけようと思ったのではなさそうだった。
「あんたの事は、あんたの叔父さんに聞いたんだ。今、俺がここに居るのは、このオ、、この女とは何の関係もないんだよ。」
それを聞いて嘉門は口の中に溜まった血混じりの唾を地面に吐き捨て、ようやく俺に視線を戻した。
「俺になんの用だ、、。」
「煙猿のことだ。」
エンエン?リョウは俺と嘉門を見比べる。
嘉門は一瞬身を硬くする。
「リョウ、オマエ、先に帰ってろ。」
「だって!」
リョウは不服そうだった。
女装した時のいつものリョウなら「だってぇ」等と甘えた振りをして、俺をからかうのだが、、、それだけ今日のリョウは真剣なのだろう。
「俺はこれから嘉門さんとちょいとマジな話をしなきゃならない。判るだろ?」
嘉門は再び在らぬ方向を見つめている。
だが今度は嘉門の腹の中は読めている。
嘉門は煙猿についてこの見知らぬ男相手に、どれぐらい喋れるものなのか、今、脳味噌が焦げるくらいのスピードで思案を巡らせている筈だった。
嘉門は、しぶしぶこの場を立ち去る事になったリョウの後姿を未練がましく盗み見ていた。
白いハーフコートの下には、ミニが合わせてあるのだが、後ろから見るとコートの下からすぐにブーツにぴっちりと包まれた長い脚が突き出しているように見える。
「確かにイイ女だよな、あいつは、、、。さあ旦那、話の続きをしようじゃないか。」
俺、目川は、そう言うと嘉門に合わせるようにその場にしゃがみ込んだ。
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