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The GORK  7: 「愛するって怖い」Jパート

7: 「愛するって怖い」Jパート

 リョウが事務所を飛び出してから二日後、俺は煙猿に関する新しい手がかりを掴んだ。
 写真もなく本名も判らず、ただ手元にあるのは、額にワッカが浮き出た「煙猿」というユニークな渾名を持つ男という情報だけ。
 たったこれだけの元手で調べ上げたにしては、上出来の首尾だった。
 もっともこの時点で、俺は俺に残された運が尽きかけているのをまだ知らなかったのだが、、。

『希望の光はこの胸を百万回通り抜けた。』
 実に臭いキャンプションがついたポスターだった。
 それが煤けたバーの壁に貼り付けてある。
 修正が施されてあるのか、男の笑顔が見せる歯が恐ろしく白い。
「それが唯一、煙猿が世界に露出した証しなのよ。」
 そう言った「ママ」の顔は、下ぶくれに緩んだ頬に厚化粧、目がやけに大きいから愛嬌を感じなくもない。
 俺はピンクフラミンゴという映画に主演しているディバインという怪優を思い出した。
「結婚相談所のポスターか、、、。」
「勿論、そんな事業所はもうないわ。」
「にしてもハンサムだな。」
「確かに、、。彼、俳優志望だったみたい。」
 アドニスのママ、コーちゃんは、遠い目をして壁に貼られたポスターを眺めている。
 ウナギの寝床みたいな店の中では、先ほどから、なにやら妖しくも甘い女性ボーカルが「ホクロ」がなんとかと、歌い続けている。
 俺はこの街で、煙猿の事を嗅ぎ回っている自分自身の姿を、世間様に意識的にまき散らし続けていた。
 こういうのは、こっそりやっても仕方がない。
 出来ればハンドマイクを使って、「誰か、煙猿って奴知りませんかぁ!」とか怒鳴りたいくらいだった。
 だが煙猿はさすがに伝説の怪物らしく、その名を知る人間は一瞬ぴくりと反応を示すものの、それだけの話で、自ら情報を提供しようとする者は一切現れなかった。
 そんな中、オカルト探偵・目川が煙猿を探し回っているという噂話に、「コーちゃん」が反応してくれたのには理由があった。
 つまりコーちゃん自身が、昔、惚れていた煙猿を密かに捜し続けていたのだ。

「ノンケに手を出すからよ。」
 スツールに座ってグラスを手首でぶら下げながら「シバちゃん」が、コーちゃんをからかう。
 こちらの方は、極端な痩せ体型だ。
 『なぜ泣くのぉ~♪』と女性ボーカルが甘えた声で歌っている。
「雨がしとしと降ってる夜に、軒下で震えてる彼を拾って上げたんだって。まるで子犬みたい。」
 シバちゃんは、俺の友人の友人のその又友人で、俺とコーちゃんとの繋ぎ役だ。
 要するに、俺とはなんの関係もない。
 俺は、この手の人達に好かれる質だが、あまり恋愛対象にはならないようだっだ。
 まあ、もしかして、こっち側の目川に転生してからは、そっちの方も大丈夫かも知れないが。
 例えば今の俺は、前の目川にはなかった6つの山に別れた腹筋チョコレートもあるし、背だって数センチ伸びている。
 多分、これは香代の目に映る目川純なんだろう、有り難い事だ。

「で、この男が、俺の探してる煙猿と同一人物だと何故言い切れる?あんたの話じゃ、振られてからずっと会ってないんだろう。」
「別れてから、彼から一度だけ電話があったのよ。その時に、今はエンエンと呼ばれてるって彼が言ったのよ。煙と猿だよ、いかにも俺らしいって。」
 『知らないの~♪』
 シバちゃんが、歌に合わせてハミングする。
 シバちゃんの第二ボタンまで開けたシルクのシャツから見える胸板が薄い。
「その時には、奴はまだ、あんたの前では田崎修の名で通してたのか?」
「ええ、、。でもあの時までは、確かに彼、田崎修だったのよ。」
 コーちゃんが深いため息を付いた。
 煙猿がコーちゃんに拾われた時、奴は自分の事を田崎修と名乗ったらしい。
 ちなみにこのポスターに載った時の名も田崎修だ。

「それで、あんたなりに煙猿の噂話を追いかけ続けて来たってわけか。余程、惚れてたんだな。」
「醜女の深情けってやつね。あれだけ、面倒見てやって、その挙げ句、お店の有り金全部もってかれてよくやるよ。」
「黙ってなよ、この針金ブス。あんたには、あの子の凄さがわかんないのよ。とにかく普通じゃないの、、あの子、人間の格好をしてるけど、人間じゃないのよ。神様とは言わないけどさ、、、。」
「悪魔みたいな?」
 俺はなんの気なしに、話の合いの手のつもりで言ったのだが、当のコーちゃんは黙りこくった。
 とにかく俺は、煙猿の本名見たいな「偽名」と、奴の顔写真を手に入れた事になる。
 この偽名と顔を辿って、煙猿がコーちゃんと同棲生活を送っていた頃の生活実体を細かく洗い出すことも可能になったわけだ。
 だが今回の調査の目的は、煙猿ではなく、沢父谷姫子の所在を割り出す事だ。
 しかも煙猿が関わった女性達は皆、非業の死を遂げているという、、一刻の猶予もなかった。
 問題なのは、コーちゃんが惚れた過去の田崎修ではなく、現在の煙猿なのだ。
 やはり煙猿を求めて、平成十龍城のエヤーポケットに俺自身が直接潜り込むしか方法はないのだろうか。

「コーちゃんさあ、そのポスター、デジカメで撮っていい。」
「目川君、彼の事、探してくれるの。」
「・・・まあ当面、そういうことになるだろうね。でも俺の本当の用向きは、さっき話したろう、ちょっと違うんだよ、、。」
 勿論、コーちゃんは、煙猿のよからぬ噂話も知っている。
「だったら改めてお願いするわ、アタシからの正式な依頼ってことで、報酬とか細かいことは目川君の方で決めてくれていいし」
「あるんでしょ、、調査依頼のメニューみたいなの。浮気調査一日いくらとかさ。」
 シバちゃんが割って入る。
 なんのかんのと言っても、このシバちゃんは、人の良すぎるコーちゃんのことを気遣っているようだった。


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