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The GORK  6: 「叱らないで」

6: 「叱らないで」

 所長の話によると煙猿という男は、随分、厄介な場所に潜んでいるらしい。
 みんなが平成十龍城と呼んでいる総合巨大商業施設だ。
 昔はもっとオシャレな正式名称があったらしいけど、今じゃ誰も覚えていない。
 沢父谷姫子もそこに連れ込まれているのだろうか?

 「平成十龍城」は、かって香港にあったクーロン城こと九龍城砦をもじった名称だ。クーロン城の単語に英語をミキシングして、「テンロン」などという言い方もある。
 市のほぼ中心部にあるのに「過疎地気味」という奇妙な地域をなんとか活性化しようと目論み、この施設を建築した末に失敗、市の杜撰な都市計画が作ってしまった完全なる都市空洞、それが平成十龍城だった。
 こうなってしまった原因には、ここに弱小私鉄鉄道が一本しか接続していないという地勢上の問題と、平成十龍城一帯が歴史的に忌避されてきた土地だったという側面が上げられると思う。
 スティービーがスーパースティションで歌ったように、迷信や既成概念を信じ込む人は、物事を理解する姿勢を持たず、その古い世界に留まり続ける。
 そしてそればかりか、その姿勢は更に暗愚の世界を広げていくのだ。

 平成十龍城。貧民窟。総合巨大商業施設の抜け殻。
 色々な言い方がある。けれど昼間は「魔窟」と呼ぶ程、危険な場所ではない。
 そこでは、猥雑ではあるけれども、法治国家の枠組みからはみ出ない程度の普通の生活の営みが続けられていた。
 休日ともなれば、平成十龍城で売りさばかれる物品の安価さや、その怪しさに惹かれて、何人かの人出もあるのだ。

 ただし、知る人は知っている。
 平成十龍城には、もう一つ別の「裏十龍城」と呼ばれる世界が折り重なっている事を。
 この区域を経済特区にしたのが、行政最大の悪手だった。
 行政が、「街起こし」を思惑通りに運べなかったのを尻目に、この傾きかけた経済特区の治外法権的な特権を、個人的な目的の為に裏から利用する人間達がいたのである。

 「裏十龍城」は、この巨大建物の中に巧妙に作られ、異次元めいた隠し扉の向こうに側にある別世界だった。
 そこには警察権力も暴力団関係の人間でさえも入り込めない、アウトサイダー達の世界が構築されていた。
 故に、現実の世界から弾き出された人間達にとって、この裏十龍は、「逃げ込み寺」のような役目を果たしていたようだ。
 弾き出す側の「現実」の中には、広域暴力団などの反社会勢力も含まれている。
 これを違う側面で言い換えるとこうなる。
 広域暴力団が売りさばく麻薬は、正規の店舗販売商品であり、テンロンで手に入る麻薬はフリーマーケットの商品という事だ。
 正規の販売ルートでは、在庫切れは起こらないが、フリーマーケットでは「ある時限り」だ。
 その代わり安い。
 現に僕の学校の訳ありの知り合い達の中には、ここで薬物を仕入れて、それを他の生徒に売りさばいている奴がいる。
 煙猿が潜んでいるのは、おそらく、この「裏十龍城」なのだろう。


「で、その煙猿ってのが、僕の見たあの額にワッカがある男に間違いないの?」
「ああ、そんな目立つ所に、インプラントする男が大勢いるとは思えないんでね。で、今度はオマエの番だ。どうやって、嘉門にたどりついた?」
「やだなぁ、、僕だって、この目川探偵事務所の助手をやってるんだぜ。それくらいのこと出来なくてどうするってことだよね。」
 僕は出来るだけ話をそらそうとした。
 本気で僕のことを心配してる時の所長は苦手だった。
「はぐらかすなよ。でなきゃ、俺はこの仕事から降りる。」
「・・・あのDVDから写真を一枚キャプチャーして、このDVDに出たいんだけど、ってふれて回ったらすぐに嘉門が釣れた、、。」
「あの格好でか、、」
「あの格好だから効果があるんだよ、それに警察の囮捜査に間違われても困るでしょ。」
「もし違うヤバイ奴にひっかかったらどうする積もりだったんだ。どいつもこいつも嘉門みたいなオタクでM男とは限らないんだぜ。オマエにも一度、ものほんのスナッフDVDを見せた事があるだろう。」
「・・・危険があるのは、所長だって同じじゃないか。」
「俺は仕事だ。オマエのはなんだ。」
「でも今までだって、所長の仕事を手伝って危険な目には何度もあって来たよ。」
「ふざけんな!!そういう事を言ってるんじゃない。」
 所長が拳で事務机の上をドシンと叩いた。
「なんと言われようが、僕は調べるのを止めないよ。早く調べなきゃ沢父谷が可愛そうだろっ!」
 それだけ言い残して、僕は事務所を飛び出した。
 涙が出そうになったからだ。
 嬉しかったのか、悔しかったのか、、今でもよく判らない、、ただ、そんな涙を所長に見せたくなかったのは確かだった。


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