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鏡のない家〜過去にあったイタイ話③〜
今回はベルリンではなくモスクワでのとある一件について。もういつのことだったか詳細は記憶にないが、モスクワにいるときにシャワーを借りに友人宅を訪れたことがある。モスクワではまとまった期間中、温水が出なくなるのが普通なので、張り紙で告知が出されると「あ、きたか。誰に借りればいいかな」という流れになる。
さて、シャワーを借りに行ったその人の家にはなぜか冷蔵庫がなく、洗面所に鏡もなかった。別に各部屋を確認して回ったわけではないが、アパート中探しても鏡は見つからなかっただろう。なぜなら時々、顔にシェーバーあるいはカミソリで誤って切ったであろう跡が付いていたからだ。鏡なしでどうやって髭をそるというのだろう。危ないような気もするが、おそらく人は何事にも慣れる生き物なのだ。
今でも鏡なし、冷蔵庫なしの生活を送っているのかどうかはわからないが、友人づてに知り合った頃、何度か遊びに行ったときに冷蔵庫と鏡がないことに気がついたのである。冷蔵庫はなくてもなんとかなるのは理解できるが、鏡となると話は別だ。そんなに自分の顔を見たくないのだろうか。何か他の理由があるのだろうか、いろいろと気になってしまう。
その人は別にお金がなかったわけではない。モスクワの友人グループの中ではアメリカの外資系企業に勤務していて定収入のある珍しいタイプだった。音楽を聴くのが好きで、とにかく高価なオーディオセットが部屋に鎮座していた。音楽好きだった私の以前からの友人はそれで彼と仲良くなったのだと思われる。
背も高く、体格もよく、優しい顔立ちをしていたその友人の家には繰り返しになるが鏡がなかった。ミニマルな暮らしを好んでいたのはアパートの様子から手に取れた。それとも何か関係があるのかもしれないし、ないのかもしれない。
とにかくシャワーを借りたあと、至極普通の流れでお酒が出てきた。しかし、私はお酒が苦手なのだ、というより飲めないのだ。モスクワで暮らしていると、生活の中にお酒が自然に組み込まれているのがわかる。人が集まればお酒、友人宅に遊びに行ってもお酒。郊外にあるダーチャに行ってもお酒。
そのときはなぜか断りきれず、出された強いお酒をぐいっと飲んでしまった。ちょうどそういう気分だったのだろう。
そしてそのまま意識が文字通り飛んだ。おそらくは2時間くらい。それすらもよく覚えていない。
モスクワのロシア人はお酒で人が飛ぶことに慣れている。弱い人がほとんどいないので、急性アルコール中毒という文字も多分意識にないのだと思う。数時間で意識が戻ったから良かったものの、目が覚めたら手足が異様に冷たかった。
お酒で意識が飛ぶ、というのは全くもって未経験な上、これはなんか危なかったのでは!?とわりと背筋がゾッとしたのを覚えている。滞在先の友人もそのあと合流したのでひとりで帰らずに済んでホッとしたことだけはよく覚えている。
それ以降(実は類似体験もあったため)、ロシアでもどこでもお酒を飲むことは一切やめることにした。自分が本当に飲めないということが身をもってわかったからである。
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