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変わらない同僚と職場の変化

「元気にしてる?もうすぐそっちの方に出るんやけど、着いたら電話していいかな?」

いつものように近況伺いのメッセージかな?と思ってスマホを覗いたら、突然具体的な話になった。さすがソ連出身、話が早い。モスクワでインターン中もそうだったが知り合いが近くに来たから、と呼び鈴をしょっちゅう鳴らして入れ替わり立ち替わり自宅に遊びに来るので大変だったことを思い出した。アルメニア出身の彼はベルリン在住が私とほぼ同じで30年近いこともあり、さすがに呼び鈴を鳴らしたりはしないが気軽さにどこか通じるものを感じたのだ。

「着いたよー」というので場所を聞いてみたら、確かに家から徒歩5分くらいの場所だった。「今から出るからちょっと待ってね!」そんなことを言いつつ慌てて家を出る。別に急ぐ必要はないんだけど、何となくバタバタしてしまう。「こういうところが日本人なんだよな」と早足で歩きながら思わず苦笑する。

指定された交差点に立って当たりを見渡すがそれらしき姿がないので、再度電話して到着したよ、と伝えると、信号を渡ったところにその姿をとらえた。「あ、見えた!そっちへ渡るね」

難民センターの仕事が終わってからまだ1ヶ月ほどしか経っていないのに、その姿をとらえた途端、なんだかとても懐かしい気持ちになった。なんだこれ。「久しぶりー!」相変わらず落ち着いた笑みをたたえて彼は立っていた。この人、本当に笑顔がとびきりいいのだ。ガシッとハグをして、どこへ行くのかと思いきや、角のレストランに入って行くではないか。

「あ、ここジョージアレストランなんだけど、古くからの友人がやってる店でね」「あ、そうなんだ。こんにちはー」なんて言いながら入って行くと、友人だという人に「名前はなんですか?ってどういうの?」と聞かれ「まりこです」と答えたら「そうじゃなくて日本語でどうやっていうの?」あ、そういうことか。「お名前は?」というと「オナマエハ?」だって。カプチーノを受け取って外のテラスに出る。頭上には工事の足場が組まれていたがそんなことはどうでもいい。

「で、今はどういう感じ?」早速、職場の様子を訪ねてみたところ、思ったより状況に変化があるようでショックだった。一番の驚きは体育館の担当になってもバスケットをしたり、子どもたちとスケートボードを一緒にしたりするような雰囲気ではなくなった、という残念な報告を聞いたときだった。「え、じゃぁ持ち場について何をしているの?」「うーん。変に厳しくなっちゃったから同僚たちもどこかビクビクしているし、実際すでに首になった人も数人いるし。前とは全く違う雰囲気だね。楽しくない、といえばそうなんだけどまぁ仕事があるだけ良いっていうか」「Это неожиданно.(え、それは予想外なんだけど)」

それにしても、「неожиданно」がなかなか出てこなくて困った。ロシア語で会話していない1ヶ月のブランクを感じた瞬間だった。字面は脳内にあるのになぜか発音できなくてしどろもどろに。「ほら、ロシア語で会話していないからスッと言いたいことが言えなくなってるよね!?」「わかったからいいよ、大丈夫」

あの職場は同僚たちと楽しく仕事ができるのが取り柄だったのに、その取り柄を綺麗さっぱり取り払ってしまったのか。やはり何もわかっていない人たちが仕切るとこうなってしまうのだろう。経営というのはそれほど簡単なものではないのだろうけれど、従業員の良さを全く生かせていないのが近況報告を聞くだけで手に取るようにわかった。なんてもったいない話だろう。

前責任者はプロジェクトの打ち切りの理由に「効率化」という言葉を何度も出していたが要は会社が一斉解雇の責任を取る必要がないように一旦プロジェクトから撤退し、熱りが冷めればまた戻ってくる、といったやり方を取ったようにしか思えない。職場の雰囲気がそれで壊されてしまったのであれば非常に残念に思える。実際、給与は下がった部署もあれば、逆に少し上がった部署もあるようでそこもまた不思議な気がした。

とにかく、履歴書は2度出しているがそれに対する返信は全くなく、元同僚の話を聞く限り、それほど楽しい職場ではなくなってしまったようである。「採用されなかったとしても、みんなと知り合えたことが財産だよ!」と言って別れた。もう少し暖かくなったら一緒にバスケでもしようね、と約束をして。




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ベルリンのまりこさん
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