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不成立案件とベルリンの持ち味

今回もまた日本からの小さな依頼案件が成立しなかった。今年はもうこんなことばかりが続いている。何度かやり取りをした挙句、先方の提示金額とこちらの提示金額が合わない、とかどうしても日程が合わないとか。ここまで不成立案件が続くとさすがに首を傾げてしまう。これって円安だけのせいなのだろうか。これ以上、突っ込んで理由を考えても解決しないので縁がなかったのだろう、と潔く諦めることにする。諦めるもなにも、なくなってしまったのだからあれこれ考えても仕方がないのである。

最初は「今月は全くダメだな、来月は少しはよくなるのかも」なんて割と呑気に構えていたのだがさすがに6月に入っても状況が変わらないので少し焦りつつある。いつものパターンであれば巻き返しの流れがとっくに来てもいいタイミング。ただ、だからといって就活に全振りできる状況にないのだから本当に困ったものだと思う。

そんな中、ベルリンは今日も快晴でしかも開けた窓から入ってくる風は冷たくて心地がいい。別に仕事ばかりが人生ではないのだから、どしっと構えて自分の興味のあることに集中できればいいのだが貧乏性なのだろう、先立つものがないと!!となりがちなのだ。まぁそういう意味では全ての値段が上がってしまった今では、ベルリンという街でさえも生きづらくはなったように思う。

先日、友人づてにお会いした方は「ベルリンに非常に興味がある」というお話を力説されていた。「商業ベースではなく、カルチャーを軸とした」街づくり、というところでベルリンは先を行っている、そんなお話だった。

確かにベルリンの文化施設やイベントのクオリティーはかなり評価できるものだと思う。長く住んでいると気づきにくくなるが、美術館や博物館のスペースの広さや展示内容、展示方法などには毎回感心させられることが多い。展示を観た後に併設されたカフェでゆったりとした時間を過ごせるのもベルリンならでは。日本で驚くのは訪問者数の多さと展示スペースが釣り合っていないためか作品をゆっくり鑑賞できないこと、展示を見た後にカフェで休憩するにも並ぶ必要があること。こんな調子だと、都心では週末に美術館に行こうとはなかなか思えなくなるかもしれない。

これは極端な例で探せば空いている美術館や博物館はあるのかもしれない。ただ、日本で話題になった展覧会に行くと人の頭で作品がなかなか見えない、という記憶が今でも残っている。京都の国立近代美術館だっただろうか。昨年の帰国中に足を運んだ東京の国立新美術館でも同じことを思った。展示そのものは素晴らしかったし、作品に出会えたことは幸せだったのだけれど。

当たり前になってしまったありがたみを思い出して、もう少しいろいろな場所に足を運んでみよう。そんなことを思わせるお話だった。




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