Netflix『コブラ会』:40代のホモサピエンス全員に見て欲しいドラマ
40代の〜、は言い過ぎです、もちろん。
でも、気持ち的にはそれくらい熱いんです。
35年近く前にまだ小中高校生だったあなたたち、なかでも映画「ベスト・キッド」を見た経験のある方には、心の底から見て欲しいドラマシリーズ、それがNetflix「コブラ会」です。
というのも、このドラマシリーズはハリウッド映画「ベスト・キッド(原題:カラテ・キッド)」の公式な続編で、本国アメリカでは配信当初から話題となっている人気作なのです。
その前に、「ベスト・キッド」を知っていますか?
もしあなたが20代なら「ベスト・キッド」を知らないかもしれません。
30代でも、後半がギリギリでしょうか。
しかしあなたがもし40代以上なら、間違いなくご存知でしょう。
この「ベスト・キッド」は1984年に公開され、本国アメリカはもちろん日本でも大ヒットしたハリウッド映画です。当時の十代の日本国民はほぼ全員が見たと言われている(言われてません)大人気映画です。
ポスターはこんなの↓
映画のストーリーは王道の青春物語。
それも、これ以上の王道を探すのが困難だと思われるほどの「ザ・王道」。
あまりにも教科書通りのストーリーのため、
「最後にいじめられっ子が勝つやつ」
という一行でも9割以上を説明できてしまうような内容の映画です。
でもそれではあまりにも、あんまりなんで、ざっくりあらすじを説明させてもらうと……
ベストキッドは、主人公の純朴な陰キャ「ダニエル・ラルーソー」が転校生として街にやって来るところからはじまります。ダニエルは転校早々、女の子がらみで高校のエース級の陽キャ「ジョニー・ロレンス」に目をつけられ、想像しうる限りの最短コースを辿っていじめられていきます。
しかし日系人の空手の達人・ミヤギ先生と出会ったことで確変が起こり、雑用を手伝いつつ空手を習って心も体も強くしていきます。
奇しくも、いじめっ子・ジョニーも空手を習っていて、しかも彼はその地区最強の「コブラ会」という空手道場のトップ選手でした。
映画のラストでは、ダニエルとジョニーがともに空手大会に出場し、決勝戦で二人は相まみえます。すったもんだあった後、鶴の構えからのプルプルキックで見事ダニエルがジョニーを打ち負かし、大団円で映画は終わります。
念のため、分かりやすいように写真三枚で説明させてもらいます。
完
当時「ベスト・キッド」を見た男子小学生のうち、実に90%以上が2日以内にこの鶴のポーズを真似したと報告されています(誰から?)。
僕もなんどもマネしました。このシーンではダニエルは首をプルプル震わせてる記憶があるんだけど、あれ記憶違いかな? とにかく僕はいまだにマネをするときは首をプルプル震わせています(いまもしてんのかよ)。それくらい印象的なシーンでした。
このシーンで流れている、過剰なまでの昂揚を迫ってくる80年代映画音楽が、またいいんですよね。決勝の後、ダニエルは恋もトロフィーも手にいれて、映画は終わります。
……そして、Netflix『コブラ会』は、この映画の続編なわけです。
本国アメリカで熱狂! でも日本ではこれから?
ドラマシリーズ「コブラ会」は、2018年からYouTubeで配信がスタートし、現在ではNetflixでサードシーズンまで配信されています。
そのあまりの人気ぶりが理由で、サードシーズンの配信日がわざわざ1週間早まったと言う噂もあります。その理由が本当かどうかは別として、2020年の年初に予定より1週間早く公開されると、そのこと自体も大きなニュースになりました。
ただ残念ながら、日本ではまだそれほど話題にはなっていないようです。僕もドラマの存在は知っていたものの、つい2ヵ月前まではそれほど興味を持っていませんでした。
でも今や、会う人会う人に「コブラ会」をしつこく勧めまくっている自分がいます。そしてついに、会っている人どころか、会えない人、あるいは顔も名前も知らないあなたにまで、こうやって勧めようとしている始末です。
「君も、コブラ会に入会しないか?」
でももしあなたが、40代あるいは50代で、なおかつオリジナルのベストキットを見たことがあるなら。そして
「絶句するほど面白いドラマがあるなら見てみたい」
と思うならば。いま手に持っているものをとりあえずいったん床に置いて、すぐさまNetflixと契約し、ミヤギ先生に心の中で一礼して、それからコブラ会の第1話を再生してください。
幸せが訪れます。
レコメンドの挟撃で瀕死
そもそも僕も、コブラ会を見ようなんて思っていなかったんだけれども2020年の後半に入ってから、何人もの友達から、しかも何度も、ものすごい熱量でコブラ会を勧められていました。
このまま僕が見なければ、全員が全員、次会ったときに首をプルプルと左右に振る振りながら鶴の構えで蹴り飛ばしてきそうなほどでした。
まさに四面楚歌。それクラスのレコメンドです。
そんな熱っ苦しいオススメの押し売り自体は迷惑でしかないけれど、ふと思えばここ最近、これほど熱くレコメンドを受けた作品は珍しいことに気づきました。どうやらこの作品には、なにかある。
最初は半信半疑、というよりなかばイヤイヤ、このドラマを見始めました。
オリジナルキャストが与える効果。
「コブラ会」の物語は、オリジナルのベスト・キットの34年後を描いています。オリジナルの映画「ベストキット」は1984年に公開されているので、その34年後の2018年に、34年後の物語が作られたと言うことです。
しかも、ドラマの主要キャストは、34年前と同じ俳優陣によって演じられています。
つまりダニエルも、ジョニーも、僕らと同じように34歳としをとり、52歳になって物語に戻ってくるわけです。(ミヤギ先生を演じたパット・モリタさんは既に奇跡に入っているため、ドラマの中で出てくるのは回想シーンのみですが、それでも重要な役回りというか、存在感を示しています)
「あーはいはい、昔面白かった映画が、オリジナルキャストで続編をやってるから、盛り上がってるのね」
とあなたは思われるかもしれません。いや、思うでしょうとも。
もちろんオリジナルキャストが演じていることも、このドラマが抜群に面白いことの要因ではあります。
その昔テレビで「ふぞろいの林檎たち」シリーズが放送されるたびに、親が食い入るようにして見ていたのを不思議に思っていましたが、今回「コブラ会」を見てその気持ちがすこし分かった気はします。
多感な時期に見た作品の登場人物たちと一緒に年齢を重ねる、その一体感は、僕らの気持ちをひどく揺さぶる効果があります。(「渡る世間〜」「北の国から」も近いものがあるのかもしれません。僕は両方見ていないのでわかりませんが)。
たしかに、オリジナルキャストが視聴者に与える効果は大きいでしょう。
でもこのドラマを特別なものにしている要因は、それだけじゃありません。もうひとつの大きな要因はストーリーのギミックにあります。
「コブラ会」と言うタイトルを聞いてピンときた人もいるかと思います。
この作品が34年前のオリジナル作品と違うのは、いじめられっ子の転校生「ダニエル・ラルーソ」側の物語ではなく、ダニエルをいじめていた同級生「ジョニー・ロレンス」側の物語になっている点にあります。
想定し、満足し、それ以上の快感へ。
敗者側のストーリーとは、どんなものでしょう?
主人公のジョニーは、物語の冒頭からいきなり仕事を失いアルコールに逃げる人生の負け組として登場します。
失業中のアルコール依存症の52歳です。
しかもプライドだけは異様に高くて差別的。
なんていうのかな、ひとことで言えば「地獄」です。彼はずいぶんと昔に離婚していて、息子からも避けられています。
34年前の高校生の時、ダニエルが転校してくるまでは空手地区大会の優勝者で、学校でもヒーローだったイケメンのジョニーが、ダニエルに空手大会で負けた(それもダニエルの怪我している場所をえげつなく狙った上で最終的にくそダサい形で負けた)ことを切っ掛けに、ものすごくわかりやすく人生の坂道を転がり落ちていったわけです。その結果が、失業中のアルコール依存症、プライドだけがやたらと高い52歳。
この姿が、なんというか、うんざりするようなリアルさを突き付けてきます。
40代になったからこそわかる、リアルさ。
僕が初めてベストキットを見たのは小学生の時でした。その時にもし続編のコブラ会を見たとしても、あまりピンと来ていなかったと思います。
というのも高校時代のスターが、30年経って、ただの人、あるいは人生の負け組にまで落ちぶれていることに対するリアリティーを、感じることができないからです。
でも、社会人となって15年20年25年を過ごしている中年からすれば、かつての学生時代のヒーローが、今はもうすでにその地位にいないことの哀愁を、リアルに感じることができるでしょう。
やたらと同窓会を開きたがる人の中には、たまにこの種の人がいます(たまにね)。同窓会が「自分が栄光と共に会った時代」に戻れる場所だからです。そして今はもうその栄光が失われてしまったからこそ、かつての仲間と会い、かつての関係値のまま会話をすることで、自己承認を得るのです。そのような僕らの日常でもときおり出くわすような人生の悲哀を、この設定は活かしています。
しかも30年前と同じキャストを使っているわけです。まさに本当の同級生の人生の浮き沈みを、本人の言葉で聞いているような錯覚を起こします。
さらに。
ここが面白いし、残酷なんだけれども、かつていじめられっ子だったダニエルは、同じ街で高級車のディーラーとして大成功しているわけです。美しい妻、美しい娘、豪勢な住まい、堅調なビジネス。もちろん僕らの知っているあのダニエルです。彼は同じ俳優のままダニエルとして存在しています。
そう。
もうなんか演じてるんじゃなくて、存在してる感じがするんですよね。
そして前述した通り、このドラマはオリジナル映画で悪役だったジョニー側の視点からドラマが進んでいくわけなんですけれども、そこには悪人が悪人になるための悪の物語が用意されていたわけです。
つまり映画でいえば『ジョーカー』で描かれたような、ノンフィクションで言えばマイケル・ギルモア(村上春樹訳)の『心臓を貫かれて』のような、悪人が悪人にならざるを得なかったストーリーがそこに存在するわけです。
しかも、当の悪役、ジョニー本人から見れば、それは正義のストーリーに一変するわけです。ダニエルが卑怯もので、ダニエルが自分を罠にはめ、ダニエルによって自分の人生をめちゃくちゃにされた男、それが哀れな僕らのジョニーなのです。
もっとも、多分に自分に甘い男なので、記憶は都合よく塗り替えられているんだけれども、そこも含めて異様にリアルに僕は感じました。
このジョニーが、もう一度コブラ会を立ち上げ、弟子をとって再起をかけるというのがコブラ会のメインストーリーだけれども、もう一点、このドラマで重要なのは、それがコメディーとして描かれていることです。
本作では、とにかく主人公であるはずのジョニーをかっこ悪く、そして偏見に満ちた男として描いています。
このご時世で、耳を疑うようなセリフを平気で吐く主人公なんだけれども、そのセリフを聞いている愛弟子が、「このおっさん、正気か!」みたいな表情で唖然として聞いているので、それがコメディーとして成立するし、見ているこっちもこういうオッサンいるよなぁと笑ってしまうのです。その意味ではユーモアはかなりブラックです。
それなのに、ドラマを見て行くと、ジョニーがその古くささのために現代をうまく生きることができない辛さや、それでもあきらめないひたむきさ、自分を変えたいと願って努力する切なさが、最終的に見ている僕らの胸を打ちます。
コメディとして笑ってみていただけに、ドラマが進むにつれて感情の振り幅は大きくなります。
・オリジナルキャスト
・オリジナルの映画を裏側から描いた悪役のストーリー
・コメディーとして作品化
この3つの掛け合わせによってドラマの面白さが爆発しています。
僕も1人の作家として、この設定をもとに、どのように物語が進行しているだろうということを想像しながら見ていました。
きっと皆さんも、同じように、ドラマの進行を想像しながら見ていくんじゃないかと思います。
そしてこんなことを言ってしまうと、身も蓋もないと思うかも知れませんが、概ね、みなさんのその想像通りに物語は進んでいきます(おい)。
でもね。
でも、なんです。
だからこそ、このドラマが他に類を見ない、とんでもなく面白い作品に感じるんです。
なぜなら、
ドラマは僕らの想像通りに進んでいるのに、それなのに、ドラマが僕らに与えてくれる驚きや興奮や感動は、ひたすら僕らの期待値の限界を超えてくるんです。
いったいなんなんだ、このドラマは。
想像がつくのはおそらく、ベスト・キッドの既視感があるからです。
だから、なんとなく、どうなるかわかる。
でも、
想像を超えて、凄まじく面白い。
このストーリーの作り手は、
34年前の僕らの既視感を
まるでテコみたいに利用する。
そうして面白さの限界を飛び越えさせる。
このドラマの神髄はそこにあります。
僕も皆さんにその体験をしてほしいから、詳しいストーリーまではここでは踏み込みませんが、ファーストシーズンを見終わったときには、僕と同じような気持ちでこのドラマを人に勧めているでしょう。
「君もコブラ会に入会しないか?」
1stシーズン、2ndシーズンの脚本はとくに秀逸です。ディテールの作り込みはまさに天才の所業。そしてディテールこそが、作品の完成度を担っているのです。
僕が「コブラ会」を希有な作品と思う理由。
もし、最高に面白いアメリカのドラマシリーズを教えてと言われたら、僕は「ブレイキング・バッド」の名前を挙げるだろうし、「ゲーム・オブ・スローンズ」の名前もあげると思います。
でも最高に面白いものは、他の人にとっては最高につまらなかったり、最高に嫌悪感をもたらすものになっている可能性があります。
最高に面白い作品は、その先端が恐ろしく硬く尖っているために、「そこしかない」という狭いポイントに、深く突き刺さるのです。
それゆえに、当たる面積は狭い。
面で押してくるんじゃなくて、点で突いてくる。
そして少しでも相性の角度がずれている場合には、違う感情のポイントに深く刺さってしまいます。その意味でゲームオブスローンズや、ブレイキングバッドを、僕は万人には勧められません。
でもこのコブラ会は、面で押しやすい「コメディー」として成立していることもあり、かなり広い層に勧められます(もっとも笑いはある程度ブラックなので、それでも人は選びますが)。
また1984年の「ベストキッド」が大ヒットした故に、あの映画を見たと言う共通体験を持った人がかなり多くいます。前述したとおり、ドラマの登場人物達と一緒に年齢を重ねてきた僕たちは、旧友と再会することで味わう郷愁と一体感をこのドラマから経験できます。
だから大勢の人に勧めたくなるわけです。
ちょっと他に、似たような感覚になるドラマを思い浮かべることができません。
僕はセカンドシーズンまでしか見てないので、全体の感想はまだ言えないし、サードシーズンの評判が芳しくないのも知っているけれども、ここ最近見たドラマのなかでは群を抜いて面白かったです。
もし映画やドラマが好きな方、さらにオリジナルのベストキットを見たことがある方はお勧めいたします。絶対に、損はしないと思います(いま鶴の構えをして、顔プルプル激しく振っています)。
※このドラマに対いて、ネタバレでPodcastでも話しているので、もしドラマ見終わった方は、興味があればこちらのpodcastも聞いていただければうれしいです。(RIP SLYMEのRYO-Zさんと僕で、お酒を飲みつつ映画を語るポッドキャストです)