梅雨の晴れ間の京都旅①
京都は近いようで遠い、と行くたびに思う。
最寄り駅からJRに乗ればすぐ京都駅なのに、なんだか遠い。
ちょっとしたお出かけのつもりで足を向けると、帰ってきたときになんだか予想以上に疲れている気がする。
京都駅からバスなり地下鉄なりに乗らないと、目的地(美術館なり、寺社仏閣なり)に着かないことが多いからだろうか。ひしめく観光客の熱気にあてられるからだろうか。見るべきものがありすぎて、そしてそれが県内のあちらこちらに点在しすぎて、行くたびに大移動をしているからだろうか。それとも、京都、という響きの非日常感がそう思わせるのだろうか。
近場と油断しているのがいけないのかもしれない。
だから今回は、遠いなら遠いなりに腰を据えて楽しもうと思って、宿を取ってみたのだった。それも、有休まで取って。
1.念願の紫陽花寺へ
よし今日は家に帰らなくてもよいのだ、と割り切ったら、アクセスの悪いところにも行ってみようという気になった。
たとえば、京都駅からバスで1時間かかるお寺とか。
ホテルに荷物を預けて、京都駅のバス停に向かう。平日の午前中なのにどのバス停にもきっちり列ができていて、気圧される。
いつもなら人の多さに若干ためらうところだけれど、今日は平気だ。はなから「旅行」のマインドセットで来ていると、人は人ごみに強くなる。
大原行のバスに乗り、終点まで。車内は私たちのような観光客でぎゅうぎゅう。地元の人らしきお年寄りが、それをかき分けて途中のバス停で降りていくのを見るたびに、なんだか申し訳ない気持ちになる。
はじめはにぎやかな京都市街を走っていて、本当に山の中まで行けるのか?と思っていたようなバスが、ふと気がつくと曲がりくねった山道を進んでいた。本当に街と山が近い場所なのだな、と不思議な気持ちになった。
■お野菜ブッフェで腹ごしらえ
大原についたらちょうどお昼時で、まずは昼食をとることにした。
大原野菜がたっぷり食べられるという触れ込みのブッフェのお店へ。
こんな山奥でブッフェ形式のお店なんて採算とれるのかしら、と思っていたけれど、開店時間10分後にお店に着いたらすでに満席! 平日なのに。京都パワーおそるべしである。
外の名簿に名前を書いて(2組目だった)、30分ほどで席に通された。風が気持ちよい外の席から支給されたお皿を大事に抱えて店内へ。大きな窓沿いに、大原野菜を使ったおばんざいが色とりどりに並んでいる。
切り干し大根にごぼうサラダ、ピーマンの肉みそ乗せ。
どれもよく見るおかずだけれど、切り干し大根の味付けが中華風だったり、ごぼうサラダに実山椒が入っていたりの一工夫が楽しくて、全種類制覇したくなる。野菜の味が濃くておいしい。
一緒に並んでいるひとくちサイズのおにぎりも、いろんな味があるのに惹かれてついつい取りすぎてしまう。
つやつやした白米の上に、甘くて香ばしいくるみ味噌が乗ったやつがいちばん好きだった。
スパイスが効いてしっかり辛い、レモンチキンカレーで〆。
■苔と杉と紫陽花にみとれる三千院
うっかりお腹一杯になってしまったので、三千院までの坂道もカロリー消化の手段と前向きにとらえてぐんぐん歩く。
梅雨入りしているとは思えないほど強い日差し。古い民家や高野川、赤紫蘇(特産だそう)が茂った畑がつぎつぎと目に飛び込んでくる、楽しい道だ。
三千院に近づくと、茶屋や漬物屋、和小物のお店なんかが途端に増えてぐっと観光地らしくなる。赤紫蘇入りのソフトクリームをぐっと我慢して、まっすぐ寺院のなかへ。
建物自体も素晴らしかったけれど、お庭(と言っていいのか疑わしいくらいの広々としたお庭)に出たときの感動ときたら!
いつからここで生きているのかわからないくらい大きな杉の木や、ふわふわと絨毯のように敷き詰められた苔や、そこここに流れるさわやかな清水や。
お寺の敷地のはずなのに、山そのものと言えそうな(でも、歩きやすく整備された)景色を見ながら深呼吸すると、肺の中にあおあおとした緑が侵食してくるような気がする。
苔はつんつんしたスギゴケが多くて、名前通り杉の木みたいなかたちのそれがびっしり生えている中に小指の先ほどのキノコなんかが混ざっていると、森の中にさらにミニチュアの森があるって感じでとてもかわいかった。
カナヘビもいたし遠目にモリアオガエルの卵らしきものも見つけられたしで動物欲も満たされて満足。
お目当ての紫陽花園はちょうど見ごろに入りかけの時期だったようで、すでに濃い青に色づいた花から初々しい早緑の萼片、咲きかけの蕾まで楽しめた。もう少ししたら空間全体が青に染まるんだろうな。
いくつか近くのお寺を回るつもりだったのだけれど、三千院の見ごたえがすごすぎて二時間以上そこで過ごしてしまった。
またバスに揺られて市街へと戻り、ホテルにチェックインしてしばし休憩する。英気を養わねばならない理由があるのである。
2.エンボカのピザで晩ご飯
夜ご飯はずっと気になっていたエンボカのピザ!
町家なのに天井が高い不思議な店内。
スパークリングなんか飲みたいな、と思ってドリンクメニューを開いたら、外国のビールがスタイルごとにずらっと並んでいてびっくりした。
セゾン、の文字にふらふら惹かれる。国内のクラフトビールでも、セゾンがあるとつい選んでしまう。飲み込んだ瞬間フルーツやお花みたいなさわやかな香りがぶわっと広がる感じ、多幸感を呼ぶビールだと思う。
ピザの前にいくつか頼んだお料理がどれもおいしくて、いやおうなしに期待が高まる。
なんてことないグリーンサラダはドレッシングにアボカドとアンチョビが香ってびっくり、青海苔の入ったフリットももちもちして癖になる。
白眉は窯焼き野菜だった。肉厚の椎茸は口に含むと森の香り、歯を立てた瞬間じゅわっと水分が口の中に流れ出る。その香りと味の濃さ、かんばしい炭の匂い、もはや肉では? という錯覚に陥る代物だった。
ちなみに「英気を養わねば」と言いつつ私はお店に着く前ほんのりお腹が痛かったのだけれど(三千院からの帰り、がまんできず食べた赤紫蘇ソフトクリームでお腹が冷えたと思われる)、椎茸を食べている間になぜか完全にだいじょうぶになった。おいしいものは身体に良い。
そしてピザ! ピザ!!
定番、オリジナル、季節ものとずらりと並んだ十数種類の中から、二種類を選んでハーフ&ハーフにしてもらった。
悩んだ挙句、「れんこんとジェノベーゼ」と「九条葱とちりめん山椒」。
エンボカのピザのすばらしさを伝えるためにひとつ恥ずかしい告白をするのだけれど、私は食い意地のあまり、こういう切り分けられた食べ物を見ると「どのピースが一番おいしそうか」を瞬時に判断する目線を送ってしまう性質の人間である(たいてい、具やチーズの密度でピースごとにおいしそう度の差が出るものだ)。今回もピザが席へ運ばれた瞬間そういう観点でもってしばしスキャニングを行ったわけだが、「どのピースも完全においしそう」という結果が出た。驚くべき具沢山、平等なる円周の香ばしさ。
いろんな口コミを見て絶対食べる~~~と思っていたれんこんのピザは、焼いてあるとは思えないほどのれんこんのしゃきしゃき加減に一瞬脳がびっくりする。恐るべきしゃきしゃきの後にふうわりやってくる根菜の甘みと、爽やかなバジルの香り。れんこんとジェノベーゼソースって合うんだ、と新しい発見をした気分になる。かりっとした松の実も、れんこんとは違った食感で楽しい。そしてそこに乳製品のコク!
一緒に選んだ九条葱とちりめん山椒のピザも、そんなんおいしくないわけがないよね。ちょっと焦げの入ったちりめんじゃこの香ばしさと山椒の青い匂い、焼かれてなお鮮やかな緑色の九条葱。
そして乗っている具の組み合わせや味付けに負けず、土台のピザ生地が本当においしいのだ。しっかりした噛み応えのもちもちした生地、特に耳のあたりはちょうどいい塩っけと小麦の風味が濃くて高いパン屋さんのフォカッチャを食べている気分になる。この耳を食べることで味覚がリセットされて、次の1ピースを新鮮な気分で受け入れられる準備が整う。つまり、無限にピザを食べられる。
無限にピザを食べられるので、もう一枚頼んだ。「水茄子」と、「マルゲリータ」。
水茄子が好きだ。まるまる太った姿をスーパーで見ると、その中にたっぷり含まれた水分のことを思っていつもうれしい気分になる。刺身や漬物で食べるイメージが強い野菜だけれど、こうして加熱され、脂を吸ってくったりしているとこれこそ茄子一族の本領発揮、という感じ。
とろんとろんに蕩けた茄子の甘い味とチーズのまろやかさにおぼれそうになったところを、生姜のさわやかさと糸唐辛子の刺激が正気に戻してくれる。
マルゲリータもただものではないおいしさだった。トマトの酸味がちゃんと残っていて、バジルの香りがすがしくて。
なにもかもおいしくて、ひとくち食べるごとに幸せになるお店だった。このピザのために京都へ通いたい。
全種類制覇したいけど毎回食べたいと思えるものもあって、季節限定のメニューもあって、何回通えばよいのやら。
おなかぽんぽんでホテルへ戻り、金ローで「コーダ あいのうた」を観て就寝。
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