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二期会カルメン
クラシック、オペラが好きなひとりの素人の雑感あれやこれや。
今回は、久しぶりの東京文化会館。二期会によるカルメンです。
『カルメン』
ジョルジュ・ビゼー作曲
東京二期会オペラ劇場
2025年2月22日(日)
東京文化会館 大ホール
指揮 沖澤のどか
三、四年ほど前だろうか。ベルリンフィルのアプリで、キリル・ペトレンコのアシスタントとして振っていた時期の動画を見てから、ずっと気になっていた指揮者。実は今回の鑑賞は、指揮者の名前で決めた。聞けば産休明けだという。
小柄な体格。指揮棒の動きは小気味いい。正確無比。冷静。オノマトペで表現するなら、パキパキ。チャキチャキ。派手さはないのに、でもなぜか存在が大きく見えてくる。紡ぎ出される演奏は表情豊か。また観たい、聴きたい。
ミカエラ 七澤結(ソプラノ)
いちばん印象に残った出演者は、ミカエラを演じた七澤だった。
トゥーランドットならリュウ、カルメンならミカエラ。いわゆる「純粋」で「ひたむき」で「一途」な「悲劇の脇役」には、美しいアリアが与えられ、拍手が集まるのはいつものことだが、それにしても、七澤は声の美しさ、力強さ、表現、いずれも豊かで心を動かされた。
カルメン 加藤のぞみ(メゾソプラノ)
和田朝妃(あさひ)の体調不良で、二日前の初日に続いての登場とのことだった。
カルメン役というと、どうしても自分の中で、エリーナ・ガランチャをイメージしてしまうので、もう少し背が高くて体格が良かったら・・・とか、もう少し太い声ならとかついつい欲張って期待してしまうのだが、それでも堂々とした歌いっぷりで素晴らしいカルメンだったと思う。
和田も加藤も海外に拠点をおいて活躍されているという。これからも楽しみに応援していきたい。
演出 イリーナ・ブルック
レチタティーボなど、セリフを削ぎ落とした演出ということで、若干、不安を抱いていた。
意図のひとつは、歴史的、文化的に「ジプシー」とは疎遠な現代の日本の観客に、作品のもつ普遍的なメッセージを伝えるためということのようだが、果たしてそこまでの「配慮」は必要だったのか。
物語はきちんと伝わるし、テンポがいいことは間違いないが、休憩前の1幕と2幕に限って言えば、映画をスマホのアプリで1.2倍速で見ているような、忙しないというわけではないものの、なんだか落ち着かない感じがした。お塩やお出汁を控えた(入れ忘れた?)料理のような物足りなさ。
ただ後半に入って、その感じはあまりしなくなったことも事実。
3幕の終わりの部分。ドン・ホセとミカエラが去り、ジプシーたちが出発するとステージ中央にスポットライトを浴びたカルメン。静かに紐を引いて部屋の照明を消す。この演出は4幕の結末を予感させ、心に沁みた。
情熱の国スペインだからこその『カルメン』
パンフレットには、ブルックは「プロダクションの足かせとなる、スペインの民族性の色濃い部分を除いていこう」と考えたとある。さらに、時代設定も「20年か30年後のちょっと近い未来」とし、「旅をしながら生きている人たち」、「誰にも支配されていない土地で生きている人たち」の中に、カルメンを置いた。なるほど、パンフレットを先に読んでいればわかるのかもしれないが、そうでない観客にその意図は伝わっただろうか。
オリジナルのままの時代設定ではなぜダメだったのか。
「日本人には、文化的背景がわからないから」という演出家なりの「配慮」だったのかもしれないが、それはむしろ逆効果だったのではないか。スペインという国の歴史、文化や、ジプシーがなんなのか、たとえ漠然としかわからなくても、むしろわからないからこそ、情熱の国、闘牛とフラメンコの国、スペインに対する憧憬は強い。そのままのスペインらしさを見せてもらう方が、日本人が「カルメン」に抱くイメージには合致するし、すんなり作品の世界に入れたのではないか。
だいたい「近」未来というのが、極めて中途半端ではないか。
近未来というには、舞台の大道具も小道具も、普通に現代。衣装(古着?)も普通に現代。ミカエラに至っては、黄色い帽子に青いシャツで登場?。遠目に見て一瞬、小学生かと思った(と隣に座っていたご夫婦も同様に語っていた)。
どうせなら数百年後の世界くらいにしてくれたらよかったのかも?
強い「情念」をドロドロと描き出してほしかった
カルメンは情念の物語。
愛情、欲情、嫉み、憎しみ。カルメンの感情、情動、情念のエネルギーがゲージを振り切るくらい激しいからこそ、ドン・ホセの心が揺れ動き、破滅へと突き動かされていく。その辺りがもう少し迫力をもって伝わってきたら、もっと良かったのになぁと、少し残念に思う。
そのためにも、そのままの時代設定の方がよかったような・・・。
感謝を込めて
それでもあらためて思う。カルメンは名作。オペラはいい。心から堪能させていただいた。
この公演に携わる皆様に心から感謝を贈ります。
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