23.10.27 ニラ豚死
母は料理が得意じゃない。共働きの忙しさもあってスーパーの惣菜が多かった。両親共に食に全くこだわりがない。父が手作りじゃないと食べん！とか言わないのもあって、ふたりそろって惣菜コーナーに行く姿が仲の良い証拠のように思っていた。
普段、父は意地でも台所に来ない。食器を運ぶ手伝いもしない。テレビの前に涅槃のポーズでご飯が運ばれてくるのを待っている。そんな人が1年に1、2回料理をする時がある。「ニラ豚」を作る時だ。シンプルに塩コショウだけで味付けした豚肉とニラの炒め物。父の得意料理。これ以外を作ってるのを見たことがない。
私はそのニラ豚が好きだった。
大人になった私は、ニラが安く買える時に連続して作る事もある。簡単でどう作っても美味い。どう作ってもと言えば、はじめての一人暮らし。高校の先輩が遊びに来た時に、ニラ豚を作ってくれた。私には脳天貫くようなしょっぱい味だった。先輩はこれがうちの味と言い張ったので、家庭の味はそれぞれだよなと思い、「お、お、美味いですね」と精一杯言った。先輩のはご飯と一緒に食べて帳尻合うやつだった。中華料理屋でニラ玉豚、調味料に鶏ガラを入れたり、ニラ豚には色んな形態があるのを知っていく。
初めて好きになった人にニラ豚を振る舞った事もある。油の量を間違えてギトギトだった。たぶんアレで振られたと思っている。彼はすぐ家庭的な女性と結婚した。
地元がニラの産地なのもあって食べる機会が多いし、思い出もある。そんなニラ豚人生に先日新たなエピソードが加わった。
夕飯で久しぶりにニラ豚を作って食べた。
丁度歯の治療中で左奥歯を避けて食べていた。豚肉の塊が噛み切れなくてそのまま飲み込もうとした時、喉に詰まった。
初めはまだ息が吸える隙間が合って、余裕こいて飲み込もうとした。が、ゆっくり呼吸をする度、徐々に下がって行く肉が本格的に気道を塞ぐ。慌てて指を喉に突っ込んで肉を取り出そうとする。ちぎれる肉。奥の方に入り込んでしまって指が届かない。息は苦しくなる。だんだんこれはやばいんじゃないかと思いだしてきてパニック。かろうじて息をしてるけど、これを飲み込むと余計に詰まるか、食道へ流し込めるか、どうなんだなデッドライン。水を飲めばいけるか！？このままだとまじで死ぬ。飲み込まないで吐く。出てこない。掃除機ない。今一人。
意を決して飲み込んだ！まだまだ！
もういっちょ飲み込んだ！イケるかも！？
隙間で大きく息を吸う。グッて飲み込む。
ゆっくりと喉を過ぎ食道に流れていく。
良かったと、思うと同時に私はこういう死に方をするんだろうなと、思い出まみれの食べ物に突然殺されてしまう、そんな人生。今後の生活が心配になり落ち込みつつ、慎重に残りのニラ豚を食べた。