'24.12 振り返り
今年のクリスマスは誰も恨まず、
私自身も病まなかった。
イブだったことを25日の0時に気がついて
ヌルッとイブが終わり、ヌルッと始まったクリスマス、明日も寒いのかなと窓の外を見ました。
毎年必ず12月の半ばから1月の半ばにかけては精神がおかしくなってしまいます。
発端はあったりなかったり、
しかしあった時の出来事は未だに心の底にあって
積み重なっているトラウマや恨みは、毎年この12月の時期になるとムクムクと肥大してコブのように、心や言葉に出てきてしまうのがいままでの通例でした。
でも今年は まだなにも起こっていません。
怒ってもいません、悲しみも特にありません。
そういえばなんにも恨みとか憎しみとかマイナスな感情が湧き上がってこなかった。
フラッシュバックのように思い出しても、ああ仕方ないと受け流せるようになった。
例えばこの時期になるとスーパーやコンビニにクリスマスケーキのチラシが並びますが、私は子供の頃に食べたいケーキを食べたことがありませんでした。
母親に「これが食べたい!」と伝えても叶わなかった小学校低学年。
あの頃は、キャラクターやチョコレートのケーキをねだっても食べられるのは母親の好みのケーキでした。
歳が10を越えた頃には、母親がクリスマスには帰ってこない年があったり、お金が無くてケーキなんて用意されなかったり、気づけば子供ながらにクリスマスとは存在していると思ってはいけない。私にはクリスマスなんてない。とブツブツ唱えて納得させていて、
15歳以降はコンビニのアルバイトで、ケーキ販売のノルマがあったので、子供のころ買って貰えなかったケーキを自分用に沢山買って 1人でわーっと食べました。
この頃からか、なんで私に幸せなクリスマスはないんだと恨むようになっていたと思います。
イチゴの乗ったケーキが食べたかった。
子供の頃の夢ともまた違う、願いが今は自分の手で作ることまでできるようになりもうあの頃の恨みはどうでもいいと思えるくらいに消化できたのかもしれません。
そういえばこれを書いていて思い出しましたが、私は親から(サンタクロースから?)クリスマスプレゼントを貰ったことがありません。
小学生1年生の頃、枕元にあった綺麗な手紙
【おりこうじゃなかったので サンタさんは あやちゃんには プレゼントを あげません
たくさん おかあさんを たすけてあげてね 】
18年経っても、まだ大切に持っています。
この手紙を貰ってすぐ母に
「サンタクロースいないの知ってるよ」
と言いました。
だから小学2年生の私にはサンタクロースは来なかった。
だからプレゼントは毎年なくても仕方がない。
幼いながらにそう思っていましたが、それで以降冬場は精神を乱してしまうのだから本当はつらかったんですよね。
25歳、母親とは全く連絡を取らなくなりました。
離れて暮らすようになり3年になります。
飼い猫の顔も見れていませんが、向こうから連絡もないのでこれが正解なんだと思っています。
こうなると、私のことを悩ませた親族はもういなくて、男関係も安定の行きに入り凪の如し。
いまはアルバイト先の2名程度としか会話することがない上に、友達との縁もほとんど切れたり 切れていたり 切っていたりしていましたので、友人関係にも悩みません。
文字に起こすと確実に孤独ですが、【孤独】をどう捉えられるかで【孤独】はポジティブなものにも、ネガティブなものにもなります。
この歳になりやっと、孤独に1人を楽に過ごすものという定義ができて毎日楽しく 精神ピカピカで過ごせています。
SNSもいままでは繋がりを求める側面がありましたが、今は自分の考えをまとめるためのもの、自分になにか情報を取り込むためのツールになりました。
基本競馬と株に関する企業の情報が ばーっとタイムラインに流れてくるのでそれを読んだり、
自分が今週買う馬の名前を書いておいて、後から見返して購入する際に繋げていくためのものになっています。
有馬記念を当てまして、というか今年のG1は半数以上本命の馬が3着以内にきてくれたので私の買い目を参考にしてくださる方が現れました。
そんな方からリプライを貰うことがありますが、全てに返すのも今はしていません。
冷たいとか、関わり持ちたくないとかではなくてそんなに他人の感想に興味がなくなってしまいました。
TikTokをやっていた頃は、アンチコメントやご指摘コメント・DMにはイライラしたり反論したくなったりしていましたし、仲良くなった人とはリアルで会ったりしていましたが今はもう他人や他人の書く言葉になんの興味もなくてへ〜〜〜って感じ。
いま私が興味を持って聞けるのは競馬の調教師(厩舎)コメントと、日銀植田総裁の会見だけでしょう。
感情の起伏がない、病まないようになった反面とてもつまらない女になってしまったと思いますがとても楽に生きられています。
病まないことが、当たり前になってきた2024年
2024年は、1月〜3月あたりまでの自分の記事のしんどそうさに自分でもすごく驚いてしまいましたが、今はあの頃の私がおかしかったのかも?と思うくらいに元気です。
こんなにまともな生活ができるんだと、自分でもすごく驚いています。
チェーンの占いのお店で四柱推命を見てもらいました。
それ曰く2027年までは穏やか
2027年は好調
2033年あたりからまた地獄のようなので
まったりと精神的な身の丈にあった、暮らしをしたいです。
おわりに
日照時間の関係で冬は病みやすいと言います。
このノートを読んでくださる方々は元気に過ごせていますか?
私は元々暗いところで過ごしているせいか、明るいと調子が悪いのでそこそこ元気です。
喉を痛めがちなのでR-1を飲み始めてみました。
このnoteを読んでくれる
数少ないみなさまだけが、私とちゃんと繋がってくれてる方だと思っています。
私少し大人になったと思いません?!
これからも、タラタラとネガティブでみなさまにとってはどうでもいいであろう私の毎日を時々書きますから、時々覗きに来てください。
コメントも返そうと思って返したつもりなだけの時もありますが全てきちんと読んでいます。
コメントくれなくても、閲覧数を見てホッコリしていますから大丈夫。
毎日前を向いて生きていかなくても、
前後ろの感覚を持たなければ、
勝ち負けの概念なんて持たなければ、
人生すこーし楽に過ごせるような気がしました。
良いお年をお迎えください。
あやべ