60歳からの古本屋開業 第1章 激安物件探索ツアー(5)おばあさんの部屋
登場人物
赤羽修介(あかば・しゅうすけ) 赤羽氏。元出版社勤務のおやじ
夏井誠(なつい・まこと) 私。編集者・ライターのおやじ
ドカジャンおやじ 不動産屋受付係(回想)
キース 不動産屋案内係
おばあさん ?
期待の2軒目
次の物件にはキースの言葉通り、5分ほどで到着。普通の住宅街の中にある、表が店舗になっていて、奥にアパートが連なっている物件。
明るい幅5mほどの道路に面していて、周りの住宅はちょっと古め、昔ながらの住民が多そうな街並み。店のガラスには「スマホのトラブル解決! ガラスの破損交換!」などのメッセージが店名とともに掲示されている。こんな住宅街で商売になるの? という疑問を除けば、最近よく見るお店である。
つい5分ほど前、薄暗い古アパートの恐怖に打ちのめされた私にとっては、救いを感じる明るさだ。建物は古いが、それほど傷んでいる印象はなく、店舗の横の通路を歩いていくと部屋の扉が2つ並んでいる。
アパートの建物の奥には不思議な20畳ほどの空き地があって、ススキのような背の高い雑草が生え、土地の端の方には小さな竹藪もある。
空き部屋は、この空き地に面した1階。
1階には2部屋あり、道路側の手前の部屋は、先ほどのお店をやっている人物が住んでいるとのこと。
いいじゃないか、いいじゃないか。きれいで明るいぞ。先ほどの経験のせいか、素晴らしい物件のように思えてならない。
早速拝見しよう。これは楽しみだ。
ここはキースにとってもお勧めの物件なのだろう。先ほどよりも背筋が伸び、ちょっとりりしく見える。
ポケットから鍵を出し、いざ開錠!
再び、これが『内見』か?
開かない。
開かないぞ。
キースはあきらめきれず、さらにガチャガチャと鍵を回そうとするがダメ。。。
諦めて鍵につけられた荘名や部屋番号を確認すると、
「鍵が違うみたいですね」
と、とても静かに目の前の状況をそのまま口にする。
「おのれ! ドカジャン、何やってるんだよ、2連発じゃねえかよ、鍵選びくらいちゃんとやれよな、不動産屋だろ!」
と、近年まれにみる汚い言葉が心の中にせりあがる。
しかし、もしやと思いドア横の窓に手をかけてみると、からららら……。
「あれ、開きましたね」と私。
キースは思ったより大物なのか、それともこんなことには慣れっこなのか、あるいは本当にバカなのか、別に驚いた様子もなく、
「開きましたね」
と、また目の前の事実をただ口にする。
まあ、空き部屋から盗まれるものもないだろうし、こんなものか。
部屋の中は、隣にある空き地側の窓からすりガラス越しにわずかに入る光で、ぼんやりと浮かび上がっている。
ドア横の窓際に水道やガスコンロなどを置くスペース。そこは4畳ほどの板の間になっていて、奥に6畳程度と思われる畳の部屋が見える。
畳はまだ交換前なのか、なんだか湿ったような感じで、全体が波打っている。壁は昭和の時代によく目にした、砂目のざらざらした、濁った緑色のような素材。壁にはあちこちにシミのようなものがあり、剥げ落ちている部分も多い。
一番奥にあるサッシが雨戸ごと閉められているため、ちょっと悲し気な風景に見える。
と、窓から中をのぞき込んでいる私たち二人の背中に向かって、キースが何やらごにょごにょと言っている。
明かされた真実
「えーとですね、ここにはおばあさんが住んでたんですが、お亡くなりになって。まあ半年前の話ですし。畳も壁も、新しく住むとなったらリフォームして全部交換しますし」
え? つまりこの部屋で、一人暮らしのおばあさんが亡くなったということ? もしかして、すぐに発見されたわけじゃない、ということ? 恐ろしくて聞けないけど。
そんな言葉を聞いてから改めてキッチンの窓から部屋をのぞき込んでみると、奥の畳が少しへこんでいるような、人型に黒ずんでいるような気もする。
(つづく)
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