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変な人 (21)新宿の怪人イエローハット

 最初に気づいたのは、黄色い違和感だった。

 それは暑い、ある夏の日の出来事。訪問先での要件を済ませ、エレベーターに乗り込んだ時のことだ。
「はぁー、今日の昼は、何食うかなー」
なんて、ボンヤリと考えていた。
 ほどなく到着したエレベーターには先客がいたが、特に注意を向けることなく、うつむき加減にその小さな部屋に乗り込み、ドアに向かって立つ。

 ん? まず目の端がその異変を感知した。
 横(やや斜め後ろ気味)に立っているのは、(この暑いのに!)グレーのスーツをきちんと着込んだ男。
 問題はその頭の方。
 上部の方で明るい黄色と思える色がチラチラとしているのが、目の端に映りこむ。
 ん? スーツ姿なのに、なんで頭の位置に黄色?
 とっさに思いついたのは工事現場の監督。大手建設会社のCMでも見かける、スーツに黄色いヘルメット姿だ。
 私は、そのとっさの推測を確認すべく、さも凝った首をほぐす体操でもするかのように、一度首を後ろに倒し、ぐるっと回すふりをして男の頭部を確認した。
 
 うわ!
 
 思わず叫びそうになったが、もちろん声を上げるわけにはいかない。
 しかし心の中ではでっかい「わ!」を連呼していた。
 頭上にあったのは、なんとあの黄色い帽子。
 小学1年生だけがかぶらされる、あの黄色い帽子をかぶっていたのだ。

なぜだ、なぜ、黄色帽なのだ?

 初老と思われるその男は、ちょっと地味目のスーツを着て、使い込んだショルダーバッグを肩にかけた小太り。
 しかし、何度も言うが、その頭には別名「通学帽」とも呼ばれる小学校1年生御用達の黄色い帽子。
 しかも律儀に、あの白いゴムの「あご紐」を二重あごにちゃんと掛けている!
 ワタシは本能的に視線を外し、猛烈な勢いで考えた。
 エレベーターはまだ10階。静かに下降を続けている。
「きっとこの人は、小学校の先生だ。きっとこれから引率かなんかで……。いやいや、だったら、なんでこんなところに!」
「そうだ、この帽子は一瞬通学帽に見えたが、よく見ればごく普通の帽子、ただ黄色いだけ。いやいや、しかし、それなら、アゴのゴムを何とする?」
「実用を追求したら、この帽子にたどり着いたのか。でも勤め先で注意されないのか?」
 エレベーターは静かに降下を続ける。
 ワタシは深く悩むと同時に、一つの衝動に駆られていた。
「あぁ、この人と話してみたい! できれば知り合いになってみたい。でもって、何でこの帽子をかぶっているのか知りたい!」
 しかし、そんなことは、ごく平凡な成人男性の私にはとてもできないことだった。
 だいたい、なんて話しかければいいんだ。
「いいお天気ですね」
 違う。
「あのー、その帽子、いいですね」
 言えない。
「すみません、以前どこかでお会いしたことが……」
 初老のおやじをナンパしてどうする。
 低レベルの想定問答で頭をフル回転させているうちに、エレベーターは静かに1階に到着。
 小1通学帽の男は、その黄色い帽子を弾ませるように歩き、西日に溶け込むように正面のビルの角に消えていったのだった。
 あぁ、行ってしまう。どうしよう。
 次の打ち合わせなんか後回しにして、このままついていってしまおうか。だって、もう二度と会えないかもしれない。
 しかし、ただ帽子をかぶっているだけの男のあとをついていって、その先、いったい何があるというのか。
「もしや初老に見えたあのオヤジは、ものすごく老けた小学生なのか?」
「なんかの罰ゲーム?」
「孫に、これかぶって♡と言われて、かぶってる?」
 薄暗いビルの1階エントランスに、大きな?マークをフキダシに出したハテナ男だけが残されたのだった。

 (つづく)


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