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変な人 (16)小金井、全裸の騒音男

 その男は、とにかく騒音を立て続けていた。

 全裸などと、皆に読んでほしい一心で思わせぶりなタイトルをつけてしまったが、その男を見たのはスーパー銭湯でのこと。つまり全員全裸の場所でのことだ。
 年のころ50歳前後。肥満系固太り。身長165㎝前後。体毛薄く、髪の毛も薄く、世の中にまったく求められていない色白、ツル肌。
 その男は、すべてがうるさかった。
 とにかく、その男が立てる音、すべてがうるさいのだ。

 それはまず、
「がらがらばーーん。ずんばらら」
と広い浴室に通じるアルミ製のスライドの扉を力任せに開ける音から始まった。
「ずんばらら」は、スライド扉がストッパーに当たって跳ね返ってきた音である。
「ずばーん、ばっしゃばっしゃ」
「ずばーん、ばっしゃばっしゃ」
「ずばーん、ばっしゃばっしゃ」
「からころーん」
 続いてこんな音が、音が響く高い天井にこだました。
「ずばーん、ばっしゃばっしゃ」は、かけ湯を何杯も何杯も身体にかけ、かけ湯のたまる大きな湯桶の中でお湯が波打ち、さらに床に落下していく大量のお湯の音が混じったもの。
 普通なら、湯桶にお湯をすくい、肩のあたりから斜めにかけていく、という動作になるのだが、その男は桶を頭上にかざし、くるっと180°回転させる。この「全湯一気に落下式」を好むらしく、これが「ずばーん」という音を生み出しているのだ。

入浴に当たっては、まずはかけ湯で体を清め、かつ温めるのが基本だが。

 続く「からころーん」は、湯桶をよく見ないで所定の位置に戻そうとして失敗し、床に転がった音である。
 かけ湯のあと、のっしのっしと湯船に近づき、いよいよ入浴。
「わっぷん、わっぷん。ばっしゃ」
「あー」
 これは、座り心地のよさそうな場所をめがけて、お湯の中を無理やり早足で歩こうとしてお湯が波打ち、周りの壁に当たっている音。「あー」は、お湯につかった時の男からもれた声である。

「わっぷん、わっぷん。ばっしゃ」も、小鳥ならかわいいのだが。

 そしてこの男はうるさい上に気も短いようで、私が湯船につかっているものの10分程度でもう満足したらしく、早々に帰り支度を始める。もちろんたっぷりの騒音付きで。
「ずばーん、ばっしゃばっしゃ」×3。
 これは帰る前の最後のかけ湯の音。
「あー、やっとうるさい奴がいなくなる」
と、ほっとした瞬間、やはりこの手のうるさい奴というのは、さすがである。
「すっぱーん、すっぱーん、すっぱーん」
と新たな騒音。
 なんだと思います?
 正解は身体をタオルでたたく音。
 絞った濡れタオルの片端を持ち、背中、脇、股間と、まるでヌンチャクのように叩いている。その間、男の半径2m以内には誰も近づけなくなるが、もちろん男はそんなことには気づいていない。
 広い浴室中にするどく鳴り響く「すっぱーん」音。
 うるさい上に意味がわからん。
 こんなことをして身体が乾くのであろうか。
 そして仕上げに「がらがらばーーん。ずんばらら」。
 男は入場時と同じような騒音を最大限に立てて出ていったのであった。
 これで、本当に終わりだろう、そう思った瞬間、
「あー、ぐえー、あぺー」
 サッシ越しに聞こえる、脱衣所の洗面器でタンを切る男の立てる音。
 これで、本当に終わった。
「しーん」
 広い浴室は、他の客が普通に入浴する生活音こそ聞こえるが、世界が急に静かになったように感じられた。
 それにしても、あの男の家族は1日中この騒音の中で暮らしているのだろうか。きっとあの男は大音量でテレビを見て、大きな音を立てて飯を食い、大声でスマホでしゃべり、でかいいびきをかいて眠っているんだろうなー。
 会社でも、場所も時も考えず、でかい声で話しかけたりして、うるさいんだろうなー。
 可哀そうだなー、同僚の若い女の子とか。きっと家に帰ってビールでも飲みながら、
「本当にあいつうるさい、あーもうデリカシーなし!」
とか言ってるんだろうなー。と、スーパー銭湯の湯船で知らない会社の女の子の愚痴まで想像してしまうのであった。

 (つづく)


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