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60歳からの古本屋開業 第9章 かるたの話(1)ビートルズはいかが?

登場人物
夏井誠(なつい・まこと) 私。編集者・ライターのおやじ
赤羽修介(あかば・しゅうすけ) 赤羽氏。元出版社勤務のおやじ


世界初?! ビートルズカルタ!

「赤羽さん、ビートルズカルタって、いいと思わない」
「なんですかそれ! 凄い凄い、いいですよ。面白い!」
 それは、あの上野のちょっと残念な打ち合わせから1週間ほどした飲み会の席でのことだった。
 まるで今日あった面白いことを母親に話す幼児のように、満を持して赤羽氏にビートルズカルタの話をする。もうそのタイトルだけで喜びだす赤羽氏。やはり友人はこうでなくてはいけない。
「カルタですからクイズにはできないけど、ビートルズに詳しいほどうれしくなるカルタ、最高ですよね」
「ですねー。カルタで遊ぶだけでビートルズに詳しくなるカルタ、凄いです。絶対話題にもなるし」
 ただそこは大人同士のこと。
 ノリノリの大きな喜びのやり取りが過ぎた後は、本当に可能なのか、話題は具体的な問題点へと移行していく。
「ただ、問題は、やはり権利ですよね」
と、私。
 赤羽氏は、これまでの出版における数々の権利クリアを思い出すように少し首をかしげる。
「そうですね。ビートルズという名前で商売してしまうわけですから、かなりやばそうな感じはヒシヒシとしてきますね」
「そうそう、そうなんです。ビートルズグッズという形ならもちろん絶対ダメなような気がするんです。ただ不思議なことに、本屋に行けばビートルズがタイトルについた本って、凄くいっぱい出てますよね。定期的に新刊なんかも出てますし。この前も本屋でパラパラ見てみたんですが、始めから終わりまでビートルズのことしか書いてない本なのに、本のどこにも「©apple」なんて書かれていない。なんでなんでしょうね。ビートルズと名前がついていても評論だったら許されるんですかね?」
「あ、ついてないですか。あの藤○さんという人なんか、何十年も前からビートルズの本を書きまくってますよね」

「そうそう、ビートルズセミナーなんか開催して、ビートルズの(宣伝に騙されて観てしまった、ビートルズの曲がひとつもかからない)インド滞在映画(『ミーティング・ザ・ビートルズ・イン・インド』)では監修なんてやってましたけど。本(評論)だと良いんですかね!」
 あのビートルズを騙った、へなちょこ最低映画への怒りを新たにする私。

評論か、グッズか?

「監修については、まあ詳しい人という立場で、特に権利を侵しているわけではないと思うんですが、本はやはり、あくまでも評論ということなんでしょうね」
「この本なんか、もう公式本に見えるんですが」
「でも評論」
「これ、歌詞や曲をそのまま載せているわけでもないから、問題なのは商標のほうですよね、きっと」
「そうなりますね」
「商標が守ろうとしているのは、誰かが勝手に出した製品がビートルズ製、ビートルズが出した製品だと誤解を招くようなことはしてはダメ、ということですよね」
「そうですね」
「ビートルズ216曲全ガイドは、これを見た人が、ビートルズとか、appleが出した本だとは思わない! ということですかね」
「そうそう」
「でも、あの本なんか、明らかにビートルズという名前で儲けてますよね。これが『クールファイブ216曲』だったら売れないわけだし」
「なんで急にクールファイブなの? でも、それはそうですね。ビートルズという名前の付いた本だから売れるんですものね」
「ビートルズの頭のとこにTHEがついてないから良い! とか」
「そこじゃないと思います(笑)」
「ブランドを勝手に使ってはいけないけど、評論ならよいと。靴やカバンをコンバースだと言って売るのはダメと。でもコンバースって履きやすいよね! どれが履きやすいか、写真入りの本を作っちゃおう! というのは、OKだぞと」
 赤羽氏相手にあくまでも食い下がる私。
「まあ、そういうことになりますね」
「でもカルタだって評論と言えば評論ですよね。歌詞をそのまま載せるわけでもなく『マッカートニー、誰が着せたか赤い服』で(ま)なんて紙に書いてあるものは、評論と言えば評論ですよね」
「屁理屈だけど、そうですねー」
「それじゃ『これは本だ!』と言い張ればOKということ?」
「うーん、まあ言われてみれば、カルタみたいなカード形式の本だってありますよね。片方を閉じていないと本じゃない! なんて決まりは多分ないし」
「それに©のない本でも、ジャズの名盤100枚なんて本では、ジャケット写真などを自由に使ってますよね」
「まあ、ジャケット写真は、CDとかビデオ、ブルーレイでも、あるいは本の表紙の写真だって、結構自由に使ってますよね」
 赤羽氏も次第に姿勢が前のめりになってくるのがわかる。
「あー、じゃあ少なくとも、LPのジャケット写真は使えるかも」
「そうそう、ジャケット写真を使ったカルタみたいな・・・・評論の本だ!って言い張ったらどうなるんでしょうねー」
「それにしてもビートルズで売ることには変わりないですよね」
「まあ、そうですけど。それを言ったら、あの藤○さんのビートルズ本だってタイトルにビートルズってついてなかったら多分売れない、というか、本にさえなっていないですよね。そう考えればもろビートルズの名前で稼いでるというか、その名前で商品が成立してますよね」
「うーん、でも、やっぱり難しいような気はするな~」
「じゃあ、ロックカルタは? その中にビートルズも登場する」
「あ、それなら行けるかも」
「ただ、あきらかにパワーダウンはしますね」
「ウーム、たしかにパワーダウンですねー。ちょっと書籍企画のふりしてうちの法務に聞いてみようかな~」
「そんなことができるんですか?」
「まあ、ちょっと聞いてみます」
「ぜひぜひ、よろしくお願いします」
「あ、こっちハイボール2つ、おかわりね」
「はいよ~!(お店の人)」
 頭脳明晰、いつも冷静沈着な赤羽氏だが、そこは私のお友達だけのことはある。いつになく建設的な話をした満足感に簡単に浸る二人は、いかにも大事な御用を済ませたように宴会に突入するのであった。
 古本屋という大切な目的から大きくそれているのにも気づかず、目先の楽しさに、またまたわき道にそれまくる二人は、いったいどこに向かっているのか。

ロックカルタはいかが?

「ビートルズカルタは書籍、評論である!」との見解が示された我々の会議から約2週間(毎週は赤羽嫁の許可が下りない)。
 再び最寄り駅、店員さんがやたらとかわいい娘さんばかりという奇跡の居酒屋に再び集合し、赤羽氏による法務担当の見解が報告された。
「ビートルズカルタ、法務に聞いてみたんですけどね。やっぱり『めちゃくちゃ怒られますよ』とのことでした。いくら書籍だ!と言い張っても、通念上、やはりカルタはカルタ。ビートルズ関連製品そのもの。本だと認められる可能性は無きにしもあらず、ですが、カルタ出すのにそんなリスクは負えないねー、というお話でした」
 今日も痛風がちょっと気になるという赤羽氏は、最初のコップビールで乾杯をした後のハイボールを、ちょっと苦笑いを浮かべるようにグビリと一口、かみしめるように飲む。
「そうですか、やはりね。まあ、間違いなくビートルズという名前で儲けようとしてますもんね。それじゃ、やはり『ロックカルタ』で行きますか」
「えぇ、えぇ、そうしましょう。『ロックカルタ』なら法務担当も問題ない、と言ってましたし」
「言ってましたか! そうですか。だいぶインパクトは弱まりますが、70年代ロックは一大派閥ですからね。まずはロック通の赤羽さんに作っていただいてネットに発表して反応を見ましょう! 製作費は折半で」
「やりますかー!」
「やりましょう! これでアップル書房に注目が集まれば、しめたものです」
「よっしゃー、んじゃ、ロックカルタにカンパーイ!」
「カンパーイ!」

(つづく)


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