変な人 (36)銀座、歩幅3cmじいさん。
その歩幅3cmで進む姿に、私は切ないくらい感動した。
その風景は一見、変ではあるが、それ以上に感動的だった。
銀座の大通りから一本入った、スナックや小さなクラブなどが入る細長いビルが立ち並ぶ一角。
私の交友関係にはめったにいない銀座に事務所を持つ人との打ち合わせを済ませ、夜の8時頃にその路地に通りかかった時だった。
90歳に近いのではと思える、細い身体に銀髪、そして素人にも分かる高級そうなスーツ。
よく言われる鶴のようなご老人が、50歳くらいと思しきホステスさんの手にすがりながら歩道を歩いていた。
その歩幅、約3cm。
歩くというより、能の役者のようなすり足で、ズズッ、ズズッと本当に本当に少しずつ前に進んでいる。
その今にも倒れそうな老人の手を自分の手の上に乗せ、ホステスさんが決して急ごうともせず、辛抱強く介添えしている。
しばらく「人待ち」のようなふりをしてその姿を見ていると、老人の行き先が判明した。
その鶴老人が向かっているのは、5~6メートルほど先のビル。
そのビルも各階にスナックやらクラブなどが入っている。
つまりハシゴである。
次の店に行くために、前の店のホステスさんが介添えする。
凄い! 私はひどく感動してしまった。
そのお年で、まだ銀座。
そこまでして、銀座。
そして、ハシゴ。
しかも今飲んでいた店のおホステスさんに介添えしてもらって次の店へ。
ありえない何かを超越した大人の世界。まさに銀座の奥深さ。
私なんぞ、60やそこらで、そんなお店に行くのがすでに億劫である。
もともと銀座なんかで飲めなかったけど。
「顔出さなきゃならないお店がいくつかある」
なんて発言を、たまに会話の中で耳にすることはあるけれど、やっぱりこの鶴老人もそんな具合なのかもしれない。
イヤー凄い。
それにしても、鶴老人はお店でどんな話をするのだろう。
ママの膝の上に手を乗っけたりしているのだろうか。
庶民の想像力を思い切り働かせても、とてもその姿が想像できない。
やはり男たるもの、こうでなくちゃいけないのだろうな。
90歳にしてクラブ通い。まだまだ人生の先は長い。