60歳からの古本屋開業 第4章 ロードマップ(4)蔵書リストをつくるのだ。
登場人物
夏井誠(なつい・まこと) 私。編集者・ライターのおやじ
赤羽修介(あかば・しゅうすけ) 赤羽氏。元出版社勤務のおやじ
父 私こと夏井の長野在住の父。
リストのために撮影開始!
あー、さっぱりした。
温泉から帰ってきたところで、さあ、蔵書の撮影開始だ。
もう、やるしかない。
蔵書撮影の作業は、もちろん一冊ずつを撮影するわけではない。
本棚に並ぶ本をそのまま撮影していく。
まずは前面に並ぶ本を撮影し、次にその本を移動させ、奥に並ぶ本を撮影する。本は書棚に前後2列に並べられている。収納されているのだ。
その作業を繰り返す。
この場で、いちいちタイトルを書き写すことは不可能。
本を持ち帰ることもできない。
となると、デジタル画像を持ち帰って、そこからリストを作るしかない。
「それにしても、本当にジャンルが広いですね。お父さん、頭が柔らかいというか。普通、中国古典文学大系を読んでいる人が夢枕獏や松岡圭祐なんてなかなか読まないですよ」
出版社にお勤めの赤羽氏は作業を進めながらも、その雑然としたジャンルの広さに驚いたようだ。
撮影した写真はこんな感じ。
これは、団地生活時代に購入したと思われる『新日本歴史』。
40年間、本棚に並べられていたため、カバーは陽に焼けているが、中のページを開いてみると手が切れるほどまっさら!
父には申し訳ないが、本当に父はこの本を読んだのだろうか?(笑)
『新日本歴史』のお隣の書棚は打って変わって、雑然と本が並ぶ。
時代小説、山岳小説、ファンタジーに刑事もの。
1枚に20~30冊が納められた、こんな写真を撮影していく。
懐かし本にも出会えて、ついつい作業が滞る。
作業を進めていくと、こうした本に交じって大昔の(おそらく)貴重な本、珍し本、「いかにも」な本も登場してくる。
この中の何冊かは、「Apple書房」の話題作りのため、持ち帰ろうという話になる。例えばこんな本。
まさに古色蒼然ならぬ古書蒼然。
全ページ、総天然色。色ごとに微妙なずれもある。
この『のらくろ』。ネットで調べてみると、戦後の「のらくろ」シリーズの始まりになった一冊であるという。
『世界の自動車』(すごくド直球なタイトル)も、なんか胸が切なくなるような懐かしさ。
マツダ・コスモ・スポーツに、トヨタ1600GT(伝説の2000GTではない!)、ニッサン・プリンス・スカイライン2000GTR。
口にするだけで青春の力がもっこり湧き上がってくるような響き。
なんていいんだろう。
たまらん。
たぶん全部活版印刷。あの「銀河鉄道の夜」の冒頭で登場した主人公が働く印刷工場のシーンのように、鉛でできた一文字一文字を拾って並べ、そこから活版を起こして印刷していく。そんな時代の本たちである。
ノーベル賞作家、川端康成の新刊(当時)だってある。
文字が小さい。そして明らかに文字の形が違う。
一文字ごとがイラストのような柔らかさで、同じ内容を読んでも、その文字の形からも何かが伝わってくるようだ。
本当に本が貴重だった時代の本である。
全書籍写真撮影は2時間後、埃でノドが少々いがらっぽくなってきたころ合いにようやく終了した。
と、父が、
「おれゃー、腹が減ったよ。いつも5時くらいには飯食って2階に行ってテレビ見てるんだ」
と言うので、まずは父だけに焼肉定食を手早く作る。
そして食後、父親が2階に引っ込んだ後、自分たちの夕食の支度にとりかかる。
バーベキュー、やっちゃいますか!
5月の頭。
寒さで有名な長野県北部地方ではあるが、今夜は珍しく20℃の予報。
ならば「バーベキュー、やっちゃいますか!」と庭のテラスにバーベキューセットを出し、まずは炭づくり。
新聞紙、着火剤、小枝などを燃やし、その上にマキ。
焚火状態になったところで炭を投入する。
目の前のコンロではようやく火力が落ち着き、炭がめらめらと赤く輝いている。
家は村の中心よりもかなり標高の高い場所にあり、眼下に村の全容が見渡せる。はるか向こうに大きな河が流れ、視線を上げれば山の向こうにまさに沈もうとしている太陽。
その赤みがかった光に村全体が照らされ染まっている。
網戸を隔てたリビングからはカンツォーネ(今日はこれかなーと、適当に私が選曲)が聞こえる。
田舎の一軒家ならではの遠慮のない大ボリュームで、山々の赤く染まりつつある雄大な風景と一体化しながら、まるで映画のBGMのようにバイオリンと女性の体全体から響いてくるようなボーカル。
おお、何というか、新しい古本屋「Apple書房」の幕開けにふさわしい設定ではないか。
我々の未来は明るいのだ、「わはははは」などと自然に笑い声が上がり、「かんぱーい」の声が里山の風景に溶けていくのであった。
さて、この素材をどうするのか。今後どのように分類し、世間にどのように発信していくのか。
果たして本を売るための手法を長年にわたり経験し、しかも近年急成長のデジタルジャンルも担当してきた赤羽氏の頭の中には、どんな素晴らしい計画が存在しているのか。
何度か赤羽氏から説明を受けているが、あんまり理解できていない夏井の、古本屋成立、運営をつづるこのライブコラムは一層、熱をはらみながら続くのであった。
……それにしても、進捗が緩慢だね。
(つづく)