変な人 (40)通勤電車内、手からスマホが離れない揺れ娘。
揺れ娘 VS. 社会的常識を訴える男の結末は……。
つい先日の朝。
いつものように職場に向かう電車内でのこと。
乗って早々、空席があり「やれうれし!」と座っての通勤。
その日は朝から雨が降り、すべての乗客が傘を持っている。
私の前に立っている17~8歳くらいの女の子も、左手に柄の長い傘を持っていた。
持っていたのは、それだけではない。
左手には傘といっしょにペットボトル。
そして右手にはスマートフォン。
彼女は一心に画面を眺め、親指で器用に文字を入力している。
LINEでもやっているのだろう。
彼女の両手は傘とペットボトルとスマホでふさがっている。
顔のすぐ前にぶら下がって揺れている吊革に掴まることは難しそう。
案の定、列車がガクンと左右に揺れるたびに、彼女の身体も大きく揺れる。
しかし両手がふさがっているため、とっさに吊革につかまることもできない。
「いいの、それで?」と新聞を読みながら、私はチラチラ観察する。
ガクン! 電車が揺れた。
彼女はこちら、つまり窓側に大きく揺れた。
「カツッ!」
「見事!」
さすがに慣れている。
彼女のとった転倒回避行動は、スマホを持ったままの手、その手の甲を鋼鉄の網棚の横棒に当て、わが身を支えるというもの。
「空振りしたら、さぞかしの大惨事!」
と思いつつも、とりあえず他人事ながら「ホッ」とする。
しかし、これが電車運行の法則なのだろう。
右揺れが来たあとは、必ず軌道を戻すべく左揺れがやってくる。
ガクン! 吊革拒否の「揺れ娘」、今度は内側に向かって大きく揺れる。
通勤客で混みあっている朝の電車である。
揺れた先には、もちろん人がいる。
揺れに任せて彼女の身体の体重が、その人にのしかかることになる。
そんな揺れが何度か続いた後だった。
「ちゃんと吊革につかまれよ!」
突然、男(推定45歳、会社員風)の声が上がった。
それは、列車が揺れるたびに、ドスンと寄りかかられる男の、我慢に我慢を重ねた上での、心の叫びがあふれ出たような甲高い声だった。
周りを囲む7~8人の人間が、娘と男に視線を集中させる。
果たして揺れ娘はどんな態度、行動に出るのか。
「すみません」と言ってスマホをポケットにしまい、吊革につかまる、というところが順当なところであろう。
あるいは、傘を持つ手で何とかして吊革につかまろうとする。
どちらもしたくないので、揺れないよう改めて足を踏ん張る。
「うっせーよ」と言い返す。無理やり居場所を移動する。
一瞬のうちにそんなシミュレーションを描いた私だったが、その「揺れ娘」、推定17歳、身長158cmがとった行動は予想のつかないものだった。
それは、
無かったことにする!
というものだった。
意味がわからない方がいるかもしれないので、もう少し詳しくご説明しよう。
彼女は自分に対する「ちゃんと吊革につかまれよ!」という男の魂の叫びを一切無視し、周りが見守る(?)中、そんな事などなかったかのように携帯&傘&ペットボトルで両手をふさいだまま(つまり最初のまま)、スマホ入力をゆらゆらと揺れながら続けるのであった。
心配していたのは、周りの人たち(少なくとも私)だ。
一切反省しないどころか、自らの心の叫び、社会的注意喚起を無視する娘に対し、男は次にどのような態度に出るのか。
まさか、いきなり彼女のスマホをもぎ取り、投げ捨てるというようなことにはならないだろう。
前より大きな声で、
「おい、いい加減にしろよ!」
もしくは、
「何考えてるんだよ! 迷惑なんだよ、周りが!」
くらいの、より緊急度を増した、「もう、次は実力行使だからな!」レベルの言葉を浴びせることは容易に予想された。
警告を無視し傍若無人な態度をとる「揺れ娘」VS. 社会的常識を訴える「叫び男」。
トラブルに巻き込まれるのを心配しつつ、固唾をのんで見守る周囲。
中東並みの緊張状態である。
次に列車の大きな揺れがやってきたときに、事態は一気に急展開をするのではないか。
ピリピリとした空気が社内に充満する。
無視する娘、背中を向けて立つ男。
見守る周囲。
その静寂(心象風景)を破るかのように流れる、鼻にかかった甲高い声の車内アナウンス。
「まもなく~、●●駅に到着いたします~。お出口は右側です。ほんじつ~傘のお忘れ物が多くなっております。みなさま~もう一度ご確認ください~ お出口は~右側です~」
列車は到着し、扉が開く。
そして、何事もなかったかのようにホームへと出ていく「揺れ娘」。
周囲はホッと胸をなでおろすとともに、残された社会的常識を訴える「叫び男」に視線を移す。
「叫び男」は「揺れ女」が去り、空いた吊革の位置に移動し、左手で吊革につかまると(傘はポケットに引っかけている)、おもむろにスマホを取り出し、操作し始めるのであった。
ビフォー・アフターの世界に、なんの変化もなし。
まるで志村けんのコントのような風景なのであった。