変な人 (17)池袋駅のフリフリ男
その男は全身をフリフリしていた。
それは、池袋駅構内、飲み会が終わった夜11時半すぎのことだった。
大量に摂取されたアルコール清涼飲料水は私の体内で順調に消化され、下半身方面に解放を迫っていた。
池袋を出るとしばらく止まらない快速電車に乗るためには、まずは何をおいてもトイレタイム。
しかし、12時近い構内公衆トイレには、同じ下半身の事情を持った男たちの列ができていた。人数は5~6人。きちんと一列にならび、空いたトイレに順に進んでいく。
私もその最後尾に並んだ。
便器に向かい、快楽の放出を行う男たちの少しずつ異なる情景をぼんやりと眺める。
「なにやってんだろう?」と思うほど、いつまでも、いつまでも便器に向かって立っているもの。パッと便器の前に立つと、瞬く間に終わらせて立ち去るもの。明らかに用自体は終了しているものの、後処理でもたついているものなど、切れのよさ、勢いの違いなどそれぞれに応じて、違う動作をする男たち。
しかし、そんな十数人の背中が並ぶ風景の中で、その男の背中は、圧倒的に目立っていた。
全身を、
ふりふりふりふりふりふり。
そう。その男は、事後の、ブツの先端にある雫の始末を身体全体で行っているのだった。
濃紺のスーツを着た50代、サラリーマン風。160センチくらいの小太り。髪の毛あり。
ご用の後、ティッシュなどで対応する女性のみなさんは、ちょっとわかりにくいかもしれないが、男性の場合、事後の雫関係は、大方該当器官を振ることによって処理されている。
ただし、振るのは排泄器官の先。つまり指先と先端部分だけの作業となる。
男を代表して申し上げるが、全身は決して使わない。そもそもそんな事をしても意味はないし、器官の構造として、そこが揺れるほどに身体全体を動かすというのは、とても大変な作業でもある。
しかも、その結果飛び散った雫の行き先については、予想もつかない。
女性の皆さんは、お知り合いの男性がいたらぜひ聞いてみて欲しい。
しかし、その男はヒザを屈伸させるように、身体全体で、
ふりふりふりふりふりふり。
それを支えるように前に回している両腕は、身体の両脇でしっかりと固定されている。
ふりふりふろふりふりふり。
ものの30秒くらいだっただろうか。男は何もなかったかのように(なかったんですが)チャックを閉め、去って行くのだった。
もの凄く変である。
しかし、なぜか私は、その男の姿を見てちょっと混乱した。
もしや、自分のやり方が間違っていたのか?
最近、小用を便器に座って行う男が増えているという。私はまだ、そのようなスタイルにいたってはいないが、知らず知らずのうちに、世間の後処理の方法はこのように変化しているのでは、とさえ考えた。
そう言えば、小学校時代、野球をしている草っぱらのはしっこあたりで用を済ませていたときには、ふりふりしていなかったか?
自分の順番が訪れ、用を終了させ最後のケアに移るとき、まだ少し頭が混乱する中で、全身が勝手にフリフリと動こうとする。
やってみたらいいじゃないか……右肩の悪魔が私にささやく。
いや、ダメだ、それはおかしい、笑われるぞ……左肩の天使がささやく。
「あーだめだ、やっぱり動かしちゃ!」
勇気のない私は、誘惑を振り払うように、いつものスタイルで用を終わらせ、快速電車が待つホームへと急ぐ。
しかし私の心には、言いようのない残尿感のような感情が残るのだった。
(つづく)