変な人 (38)国内線旅客機、着陸直前の告白女。
女は告白した。わたし、前にパイロットと付き合ってたの。
それは福岡に出張で出かけた帰りの飛行機でのこと。
私の席の隣に座る女は、着陸態勢に入ったその時、急にそんな告白をした。
相手は通路を挟んだ席に座る男性。
座席は両窓際に2席、通路を挟んだ中央に3席と、横並びに7席が配置されていた。
私が座っていたのは窓側。2人席の通路側に女性。
通路を挟んだ席に、女性の連れらしき男性が座っていた。
飛行機が羽田に近づき、
「まもなく当機は着陸態勢に入ります。椅子、テーブルをもとの位置に戻し、シートベルトの着用をお願いいたします」
「当機は皆様のご協力で、予定の〇○時に到着する予定です」
といったアナウンスが流れた。
いよいよこれから着陸態勢! という、まさにその時。
機長のアナウンスの余韻が残る中、突然その女性がはっきりした声で、
「わたし、前にパイロットと付き合ってたの」
と通路を挟んだ隣の男に言い放ったのだった。
「ええぇ!」
あまりの突然の告白に、半径2~3メートル圏内で小さく、そして低く響き渡る男の動揺した叫び声。
思わず見てしまいました、男の方を向く女の姿を(男の顔は見えなかったけど)。
女は30歳前後。
ワンピースにブルーグレイの品の良い薄手のカーディガン。
肩までの髪は柔らかくウェーブがかかり、全体的にとっても上品そうに思えるお嬢さんである。
それにしても、なぜ今?
女の突然の告白には、あと10分は動けないこの状況が必要だったのか。
確かに冷静さを取り戻す、アングリーコントロールの時間は確保できるという緻密な計算か。
いったい旅先の福岡で、2人の間に何があったのか。
男がマウントでもかけてきたのか? その対抗か?
「わたしはあんたごときの手に負える女じゃないのよ、見損なわないで!」というやつか。
女の向こう側にいる男は「ええぇ!」と言ったきり黙り込んでいる。
いったいどんな表情をしているのか。
今、まさに羽田に着陸しようとするこの飛行機を操縦するパイロットが、その付き合っていた男に思えてきたぞ。
この飛行機に乗っていて大丈夫か。急に妙な気にさせられた、着陸寸前の、忘れられない変な女性なのであった。