ビートルズ風雲録(4) ジョン・レノン
リンゴに続いて誕生したのはジョン・レノン。彼の誕生日周りのお話も癖が強い。
1940年 ジョン・レノン、誕生!
ジョン・ウィンストン・レノンは、1940年10月9日、リバプールのオックスフォード・ストリートにあるリバプール・マタニティ・ホスピタルで生まれました。母はジュリア・レノン(旧姓スタンレー)。父はアルフレッド・“フレディ”・レノン(アルフと呼ばれます)。アルフは、商船で海に出ていたため出産に立ち会うことができませんでした。
ジョンの名前は、父方の祖父であるジョン・“ジャック”・レノンと、イギリスの首相であるウィンストン・チャーチルにちなんで名付けられました。
さて、母ジュリアですが、ジョンが5歳のときに離婚して、他の男性と同棲していました。そんな環境でジョンが育てられることを心配したジュリアの長姉メアリーが、社会福祉事務所に訴えます。このメアリーが「ミミ伯母さん」です。ジョンは中流階級であるミミ夫妻に引き取られることになります。
その後、1946年、父アルフが帰国し、そのままジョンはアルフに引き取られて数週間一緒に暮らしますが、母ジュリアがジョンを連れ戻します。しかし結局ジュリアと暮らすことはできず、ふたたびミミ夫妻のもとで育てられます。
一方、アルフは家出して行方知らずとなってしまいます。彼はジョンが有名になってから、突然姿を現すことになります。1964年、映画「ビートルズがやってくる ヤア!ヤア!ヤア!」撮影中のことでした。二人はどんな言葉を交わしたのか……
さて、ここでイギリスの「階級社会」について簡単に整理しておきましょう。リンゴは「労働者階級」の生まれ。ミミ伯母さんは「中流階級」とされています。これに「上流階級」が加えられて、イギリスの階級社会を作っています。
「上流階級」は、貴族、大地主、聖職者など。
「中流階級」は、医師、弁護士など。
「労働者階級」は、単純労働従事者など、です。
ジョンは中流階級のミミ伯母さんに育てられたために、ポールは「ジョンだけは中流階級出身だ」と言っていましたが、ジョンにはその意識はなかったとか。
このイギリスの階級はたいへん強固で、ビートルズのメンバーが生まれたばかりの当時の社会は完全に分断されていました。労働者階級の子どもは子々孫々の労働者。決して中流にはなれません。言葉も文化も違います。映画『マイ・フェア・レディ』は、ヒギンズ教授が下町訛りの強い労働者階級出身のイライザを上品なレディに仕立て上げるというお話です。この訛りは「コックニー」と呼ばれるロンドンの労働者階級独特のものです。ちなみに、リンゴの母エルシーの再婚相手、ハリー・グレイブスは、ロンドン東部のロムフォードというところで生まれた、生粋のコックニーでした。ビートルズは、この階級の壁すら乗り越えていきます。
さて、ミミ伯母さんですが、愛情を注ぎながらもジョンを厳格に育てます。1955年に夫のジョージが亡くなってからは、さらに厳しさが増し、煩わしくなったジョンは、母ジュリアと毎日のように会うようになります。奔放な性格のジュリアはロック好きで、ジョンとは気があったのです。
ジュリアはジョンの人生に大きな影響を与えていますが、その一つが、彼女がジョンにバンジョーの弾き方を教えたということでしょう。ジュリアは父親からバンジョーを習っていました。ジョンはそれまでハーモニカばかりを吹いていましたが、バンジョーを持つことにより、楽器を弾きながら歌う喜びを知ることになります。
そのジュリアが突然交通事故で亡くなってしまいました。ジョンが17歳のときです。ジョンはこう嘆いたそうです。
「僕は母親を2度なくした。1度目は両親が離婚した5歳の時、2度目は交通事故で亡くしたときだ」と。
ビートルズ風雲録(5)に続きます。