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変な人 (43)大江戸線の、お針子ばあさん。
そのばあさんは、とても熱心に針仕事にいそしんでいた。
しかし、それは電車の中だった。
打ち合わせに出かけるために乗った大江戸線でのこと。
私の前の席が空いた。
「おー、ラッキー」と腰掛ける。
座席の位置は扉から2番目。一番扉側の端の席には年配の女性が座っていた。
そのばあさんの動きがおかしい。
膝の上のトートバックは大きく口が開かれている。
ばあさんはその上に両手を置き、何かを抱え込むようにして、しきりに手を動かしている。
横目で見ると、手元にはハガキ大の布があり、その中心になにやら模様が見える。なんだろう?
「シュッ!」
その時だった。突然ばあさんの手が20㎝ほど上昇し、私の眼球の30㎝ほど前に針が突き出された。
そう、そのばあさんは電車の中で刺繍にいそしんでいたのだ。
![](https://assets.st-note.com/img/1714537097707-wjyOAmm9ZK.jpg?width=1200)
お針子(ベラスケス、1635-1643年制作、油画)
ワシントン・ナショナル・ギャラリー
布の下に糸を通し、それをまた、下から上に縫い通し、
「シュッ!」
わ、すげー怖い。
もともと先端恐怖症気味の私にとって、それはまさに恐怖以外のなにものでもない。
目の前に10秒に一回突き出される銀色の細い針。
まさか、そのばあさんが針を持って急に襲い掛かってくることなどありえないのは分かっているが、怖いのだから仕方がない。
もし「シュッ!」の瞬間に「ガタンッ!」なんて電車が揺れ、手元が狂ったらどうしよう。
同様の傾向を持っている方ならお分かりだろうが、こうした場面ではあらゆる恐怖の想像が湧いてくる。
高所恐怖症の人が、目の前の柵が壊れる場面を想像をするのと一緒だ。
だから目をつぶるということもできない。
目をつぶって、その上から針が刺さったらどうしよう。そんな想像もしてしまう。
ばあさん自身は「空いてる時間に素敵なお針子仕事をしている素敵な私」くらいに思っているかもしれないが(思ってない!)、本当にやめてほしい。
ばあさんの目の前に立っている子供は、生まれて初めて対面したであろうその針仕事に、目を丸くしている。
「シュッ!」「ビクッ!」(これは私の心の中)
「シュッ!」「ビクッ!」(これも私の心の中)
「シュッ!」「ビクッ!」(これもやっぱり私の心の中)
繰り返されるお針子仕事。
「怖いからやめてください!」
うーん、いい年こいたおっさんが、そんなことを言えるはずもなく、おばばを刺激しないように(何となく)そっと席を立つ。
そして、当てもないまま車内を移動するのであった。