世界が優しさで溢れていたら
通勤で乗ったバスでこんなできごとがあった。
小学1年生くらいの男の子が席でそわそわしている。前の席にはお母さんも座っていて、なんだかお母さんもそわそわしている。なんだろうと思っていると、今度は近くに座っていた60代くらいの男性が男の子に話しかけている。
男性は左手でパーを作って、指を一本ずつ折りカウントダウンを始めた。男性の目線は窓の外に向いている。バス停をひとつ通り過ぎたと同時に、男性の手はグーになった。その瞬間、バスの降車ボタンがピンポーンと鳴った。
降車ボタンは男の子が押したものだった。次の停車は最寄りの大きな駅。降りる人がたくさんいる。そうか、と思った。その男の子は、誰よりも先にボタンを押したかったのだ。降りる人が多いから誰よりも先にその手でボタンを押したかったのだ。男性はそれに気づいて、「今だ!」というタイミングを見計らっていたのだ。
なんて優しい世界なんだろう。世の中がこんな空気で満たされていたら、どれだけ幸せなんだろう。そう思ったら朝から胸が熱くなった。子どもの頃、こういう優しさをたくさん浴びて育つことができたなら、世界は少しだけ平和になるのかもしれない。
優しさは連鎖する。優しくされた経験、愛された経験があると、ここぞという時に踏ん張れる。幼い頃に浴びた優しさのシャワーは、大人になるにつれて、じわじわ効いてくるものだ。あの男の子もいつか、誰かのために、あのカウントダウンをする日が来るかもしれない。その時、確かに世界は優しさで繋がっている気がする。