2023.2|いちばんゆったりした〈場〉
2月
鳥取県南部町に行ってみた。
12個の中で、いちばんゆったりした〈場〉だった。
鳥取県南部町は、自然がいっぱいで、人があたたかくて、おいしいものがたくさんある感じの小さな町である。小さいけれど、濃ゆい町である。
南部町の魅力を紹介することにおいて、私はまだまだ未熟だ。
ということで、詳しくはわたしを南部町へ連れて行った人のnoteを読んでいただきたい。
私としては、あくまで初めて南部町を訪れて感じたことを中心に書くことにする。
11時間の夜行バス
初めての南部町訪問を語るうえで、夜行バスのエピソードは欠かせない。
私はひとり遅れて南部町へ向かったのだが、その夜行バスが本当に本当に本当に心細かった。
新宿から南部町までは、ばかみたいに遠い。
夜行バスだと11時間ほどかかる。陸でつながっているからといって、バスで行くべき場所ではない。というかそもそも、私は11時間もぶっ通しで移動したことがない。
新宿を出たはいいものの目的地がどんな場所かも知らないし、11時間後に南部町にいる未来をまったく想像できなかった。
こういうときこそ不幸は重なる。
その日は非常に体調が悪かった。頭が痛いし、ちょっと気持ち悪い。しかも近くに座っているおじさん2人が、バスに乗ってすぐにカップ麺を食べ始めた。なぜですか?
遊園地のお化け屋敷と違って、乗ってしまえば降りるという選択肢はないので、なんとか米子駅にたどり着いた。
天気はくもりで、まだ寒くて、朝7時前なので人通りがまばらで、全体的に灰色だった。
先に到着していた人が駅まで迎えに来てくれたのを見つけたときは、とてもほっとした。その人は神様に見えたし、載せてくれたレンタカーはリムジンかと思った。セブンイレブンで買ったスンドゥブは、私史上1番おいしかった。
初訪問のハイライト
南部町で過ごした2日間はとても楽しかった。
南部町のいろいろなところを案内してもらった。
鳥取花回廊はすごく広かった。百合の花がぎっしりつまった建物に行った。光がいっぱいさしこんで、ふくよかな香りがした。
緑水湖は山の上なので、寒かった。湖も心なしか寒そうだった。コテージがあるらしくて、温かくなったら行ってみたいと思った。
寿製菓がつくった「寿城」にものぼってみた。そんなに特別な場所だとは感じなかったけれど、山がきれいに見えた。町も見えた。
小学校の見学にも行かせていただいたので、思ったことを少しだけ。
私は生まれも育ちも東京で、東京以外の学校に行くのははじめてだった。けれど「あまり変わらないのかも」というのが率直な感想だった。
その小学校では、地域と学校の距離が近かった。子どもたちの話を聞いていると、彼らが自然にたくさん触れながら生きているのだと分かった。でも、私が暮らしていた地域も近い雰囲気だった。
だから「東京かそれ以外か」によって変わるんじゃなく、学校の色というのはもっと個別に作られるものなのかもしれない。大きな主語でまとめてしまわぬよう、気をつけよう。
ちなみに高学年の子どもたちと寿司打対決をしたのだけど、けっこう早くてびっくりした。
暇-いとまのある暮らし
いろいろ出かけたりもしていたが、食材を買いに行ったり、料理をしたり、おしゃべりしたりする時間もたくさんあった。
わざわざ遠くの市場に行って野菜を買うなんて、普段はきっとしない。里芋という調理がめんどうくさそうな食べ物は、スーパーでは買わない。駄菓子を買ってきてだらだらおしゃべりするなんてことも、かえって非日常的だ。
「豊かな暮らし」って、こういうものなのかなと思った。
自分が生きるために必要ないろいろを、時間をかけて楽しむ。
次の日の予定を気にせず、となりの人との時間を楽しむ。
日々のなにげない時間に時間をかけられるって、幸せだ。
南部町の人びとが生きている時間もゆったりしている気がした。
たとえば、私たちが花回廊でパンジーを見ていたとき、近くで花を見ていたおじいちゃんに話しかけられた。
パンジーの品種を作っている会社について、私たちに延々と解説するおじいちゃん。「もういいよ、次に行かせてくれ」と思いながら、なんとなく相槌を打つ私たち。最後の株までたどりついたとき、また真ん中あたりに戻っちゃったりする。
他にも、間借りでランチを提供していた2人の女性。
お肉を使わずに作ったという豪華なプレートのメニューを、とても丁寧に解説してくれた。
「これは豆腐を冷凍させて作っていて」「こっちはミネストローネで……」
そのひとつひとつに驚いたり、感嘆したりする。
目的とか見返りとかじゃなく、私たちに時間を注いでくれる人たち。
南部町で感じるゆったりさは、この人たちが作っているのかなぁと思った。
私も、暮らしの中の暇を大切にしたい。
そこから生まれるやさしさとか、おおらかさみたいなものを持ちたい。
いそがしいのが悪だとは思わないけど、いそがしいのが素晴らしいとも思いたくない。
どちらかというと、暇のある人になりたい。
暇を忘れてしまいそうになったら、またここに来よう。