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カムバック浮き輪

浮き輪が欲しかった
透明なビニールに水色とピンクの貝殻だけが描かれた浮き輪が
シンプルだけどとっても可愛くて
ちいちゃい目を爛々と輝かせて浮き輪にしがみついた
夏も終わりかけで在庫処分セール中だったから駄々をこねたらすんなりと買って貰えた
透き通るような海をお気に入りのフリフリの水色のリボンのついた水着をなびかせて海に勢いよく飛び込む
そこには買って貰えた浮き輪があって、前までは足が付けなかったら危ないからと行かせてくれなかった少し深いところにも行けるようになっていて
大好きなものに囲まれながら少し大人になった気分で海を進む
ちいちゃい脳みそでそんなことをよく妄想していた
中学生になって。
そこら辺の市立の中学に通うことになった
特に意図なんてない
友達が行くから、私の頭で行ける所なんてないから、
良くは分からないけど深い方へ行かなきゃって古ぼけた浮き輪を持って漠然と示された道をただただ進んでるだけだった
なんの信念もなく人は人の上に平然と立てるのだよと生徒から嫌われて、いじめられて、鬱になって学校に来なくなってしまった小学生の先生が言っていた
中学生生活はそんなにも変わらず別の地区から来た子達と知り合い会話はする程度の仲にはなっていた
けど中学2年の頃に大きな波があった
11年来の親友と絶交した
友人関係はすべて一からやり直しだった
私達は共依存し合って周りはすべて敵だと思い込んで2人だけの世界に入り浸りたがる人だったから
散々悩んで、どちらとも離れることになった
私は友人関係の再構築に成功した方だったが、相手は違った
ずっと同じ話題で会話してきたため他の人との会話の仕方を知らなかった
距離を取ろうと提案した手前、会話することが怖かった
喋る相手が居ないためその子は徐々に不登校になっていった
ぽっかり穴が空いたような気持ちだった
針で穴を開けられたように一気に空気が抜けていった

あたしも共犯だ

そう考えると空気が抜けるのを塞ぐことは出来なかった
後日、不登校になった子が日常的に私の悪口を流したり裏垢で名出しで私がパパ活をしているとデマを流していることが分かり、ようやっと穴を塞げれた気がした
3年生
もう浮き輪を持ってつっ立っとくだけで大人になるための道が勝手に出てくるようなことは無くなった
自分で決めて自分のために努力をしなければいけない
クラスはすべて知らない人で構成されていた
必死に友人関係を築けた人達すべてが別のクラスだった
そして常にグループで固まり男子と女子と分けたがるようなクラスだった
小学生のようなギャグで笑い
小学生のような悪口で盛り上がる
そんなグループと知っていて必死について行き、ごまをすり機嫌を取っている私が1番滑稽で幼稚だった

なんの信念も無く人は人の上に平然と立てるのですよ

とあの教師が言っていた言葉が3年越しに突き刺さる
そうだね自分の確固たる浮き輪を持たずにヘラヘラとしている事がかっこいいと思えるような人間のためにわざと私は大好きだった浮き輪を投げ捨てたのだから
大好きだったフリフリの水色のリボンのついた水着はもう幼稚だからとなんの面白みのない紺色の水着になってしまった
自ら危ない場所へは行くのは愚かだからとあの日の好奇心は押し殺してしまった
なんでも空想に浸り奇抜なことを思いついてしまうおかしくて素敵な脳みそは必要が無いと勉強やくだらないスマホの扱いに長けてしまった
あの宝物だったの貝殻の柄のついたドーナッツ型の浮き輪は幼稚さの象徴だ、兄妹に譲れと手放してしまった
そして気づけば私の浮き輪は小さなビーチボールのような物になってしまった
ひらひらと水の中を舞い視界を彩ってくれるリボンはもう無い
素敵な海の出会いを次々に提案してくれるイマジナリーフレンドを思いつく力ももう無い
何事も楽しめる力ももう無い
私の身体の周りを1周してずーっと守ってくれていたあの安心感はもう無い
大好きなあの色を閉じ込めた貝殻はもう無い
私を海に導いてくれるものはもう何も無い
何も無いのだ
必死に醜く小さく頼りないビーチボールにしがみついて
水面だけは美しい腹黒い海に身を預けて
当たり障りの無い退屈な風に押されて
これから私は生きていくのだろう
沈んでしまった海の底はさぞ冷たいだろう
しかしもう何もかもを手放し、凍えきってしまった人は何が凍ってしまうのだろうか
恐怖で凍えた痛みを感じぬのだろうか
想像の域は超えない
もうあの想像力は押し殺してしまったのだから
もうあの浮き輪は戻って来ないのだから





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