志賀直哉「暗夜行路」
「暗夜行路」を読みだす。大正10年執筆の作品である。
謙作が兄から不義の子供である事実を手紙で知らされた時の気持ち、その反応が前編の最大の場面であろうが、その描写はすこぶるあっさりしたものである。若い時に読んだ時の記憶はないが、年を経てこの場面の描写を見るといかにも物足らない感じがする。簡単に言えば、理に勝った心理描写で感情面への観察は薄いと感じた。
祖父の妾であったお栄への気持ち、それは結婚しようという程度まで高まるのだがその間への彼の気持ちの推移が上手く描かれていない。
「暗夜行路 後篇」を読んでいる。
赤ん坊の誕生とその死が前半の山場である。自分の呪われた運命、それはその出生に元来由来していると謙作自身が考えているものだが、それへの恨み、運命の悪意を感じる苦しみなどが好く描写されている。
お栄を迎えに朝鮮まで旅した留守中の妻の間違い。京都到着を出迎えた妻と友人に対して直観的に感じた謙作の違和感と不機嫌。その晩、寝室で泣き崩れる妻。
翌日親友を訪ねて思い切って相談する謙作。癇性の謙作ではあったが更に着物を切り刻んだりして爆発させるようにまでに苛々が増長してゆく描写。
二人目の子供の誕生。その後、宝塚に行く汽車に遅れ並走しながら乗りかかる妻を突き飛ばしてしまった謙作。二人の関係の決定的な破綻。
この辺までの一連の話の展開と心理の描写はさすがに上手だと改めて感じた。
友人末松に対する謙作の言葉;「悪い癖だと自分ではわかっているが、なんでも最初から好悪の感情からくるから困るんだ。好悪がすぐさまこっちでは善悪の判断になる。それが大概当たるのだ」。
出生の秘密を知る前から直観的に父親から差別されている事への疑問や不信。それが謙作のこのような癖を生じさせた。
大山での謙作の心理の推移が興味深かった。
大自然に向き合い、人間交渉に疲れ切った彼の心が「広い世界が開けた様に」感じ、人間の小ささ、地球と共に滅びても良いとまで自我、人間の驕りというべきものがうすれてゆく。心のゆとりは寛容さを経て直子に対する許しへと繋がって行く。手紙でそのことを伝える謙作。電報で喜びを伝える直子。
大山登山をするも体調不良で一人残る謙作。夜明け間に目覚めた謙作の前に広がる大自然の空気→『不思議な陶酔感』、「自分の精神も肉体も、今この大きな自然の中に溶け込んでいくのを感じた」。「なるがままに溶け込んでいく快感だけが何の不安もなく感ぜられるのであった」。
日が昇るにつれて大山のかげが徐々に麓の村落や海などから引いてゆく描写が印象的。
病床にある謙作が見た「足が胴体を離れてゆく」夢。自分が「浄化」されたと感じながら見続ける夢。この夢の挿入がやや不自然。この小説には何回か主人公の夢が登場するがその寓意する所が判然としないように思えてならない。当方の理解力が不足しているのであろうが・・・・。
「竹さん」なる男の創作も不自然。妻が複数の男と結婚後も不義を重ねていることに苦しむが、能動的な動きは見せずにひたすら耐え続ける・・・。謙作の事件との暗合は謙作の取るべき姿の暗示なのか?
病床を訪れる直子の顔をじっと見守る謙作。その顔に初めて「穏やかさ」を見出す妻。
「助かろうと助かるまいとこの人を離れず、何処までもついてゆくのだ」と言う直子の言葉で長編は終わる。果たして謙作は助かったのであろうか。「穏やかさ」の表現は謙作の死を暗示してはいまいか?