「ベルツ日記」(明治文学全集49 所収 筑摩)
実に面白かった。明治初期から、憲法発布、日清・日露戦争等の事件へのコメントや、当時の社会や指導者の意識等をよく捉えている。歴史資料として多分一級品だろう。
明治9年医学校教授として来日。
来日外国人の日本人への評価を大きく二つに分ける。
「何でも持ち上げる」一派と、「なんでもこき下ろす」一派。
当時の風潮がよく分かる個所を示すと;
教養ある日本人の奇妙な「日本の歴史」の否定。
ベルツに対し過去の歴史は「すっかり野蛮なものと」する。不思議なことに、今の日本人は自分の過去については何も知りたくないのだ。それどころか、教養人たちはそれを恥じさえしているのだ。「いや、なにもかも野蛮でした」。「我々の歴史はこれから始まるのです」という日本人すらいる。このような現象は急激な変化に対する反動からくることはわかるが、大変不愉快なものである。
日本人たちがこのように自国固有の文化を軽視すれば、かえって外国人の信頼を得ることにはならない。何より今の日本に必要なものは、まず日本文化のすべての所産の貴重なものを検討し、これを現在と将来の要求に、ことさらゆっくりと慎重に適応させることなのだ。
以上は、現在にも通じる側面ではなかろうかと私は思う。
次に、印象に残った記述を示すと;
・ 「行儀のよさが骨の髄までしみ込んでいる国民」
・ グラント大統領への猛烈な歓迎ぶりを「はき違えたアメリカ渡来の自由
精神」と批判。
・ 鎌倉大仏を外人に売却せんとした日本政府(この事実は初耳であっ)。
・ 本書の注釈では、妻となるハナの手引きにより日本の本質を深く理解で
きるに至ったとあるのは当然と言えば当然のことである。
・ 森大臣暗殺事件の原因は、伊勢神宮参拝時の不敬な言動
・ 明治27年の日本の新聞は、「台湾、満州と他に清国の一州を併合」する
ことを主張。
・ ベルツの公平な視線が感じられるのは、義和団の乱にたいして、乱の起
きた一因は清国に対する各国公使の態度にあり、清国の面子を丸つぶれ
にさせたとある。又、列強兵士の強奪・乱暴を士官から聞いた話として
記載もしている。
・ 日本は科学がもたらした「成果」を受け取り引き継ぐだけで満足し、こ
の成果をもたらした精神を学ぼうとしない(これまた日本人の耳に痛い
指摘ではなかろうか)。
・ 日本は黄色人種の指導者たらんと願っているとの指摘がなされている。
・ 明治天皇への評価:立憲君主制を自発的に選択、一大強国へと発展させ
た。天皇は、ある人格を表すというよりは、「ある観念の人格化された
もの」を表す。例えば、「ブリタニア」とか「ゲルマニア」とかと彼は
記す。
敗戦後の「象徴天皇」を先取りしたような理解の仕方である。