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「永井荷風日記」(2)

○ 昭和15年
・ 雪も降り雨も降りても電力はいよいよ欠乏して人家の軒灯も今はつけざる処多くなりたり。或人の談に市中電力の不足は軍需品工場にて武器製造盛んなるが為なり(2.13)
・ 当月一日より戸口調査あり。町会より配布し来たりし紙片に男女とも身分その他のことを明記して返送するなり。之を怠るものには食料品配給の切符を下付せずという。日陰の世渡りする者には不便この上なき世となりしなり。(7.4)
・ 兜町辺の噂によれば銀行預金引き出しもやがては制限せらるべし、世の中は遠からず魯西亜の如くになるべしという(9.3)
・ 世の噂に寄れば日本は独逸伊太利両国と盟約を結びしという。愛国者は常に言えり。世界無類の日本精神なるものあり。外国の真似をするに及ばずと。然るに自ら辞を低くし腰を屈して侵略不二の国と盟約を為す。国家の恥辱之より大なるはなし。その原因は種々あるべしと雖も余は畢竟儒教の衰弱したるに因るものと思うなり(9.8)
・ 日本橋辺街頭の光景も今はひっそりとして何の活気もなく半年前の景気は夢の如くなり。6時前後群集の混雑は依然として変わりなけれど男女の服装地味というよりはじじむさくなりたり。女は化粧せず身じまいを怠りはなはだしく粗暴になりたり。家路を急ぐ男女また電車に争い乗らんとする群集の雑踏何とはなく避難民を見るが如き思いあらしむ(10.26)
・ 現在東京に居住するものの大半は昭和10年以降地方より移り来たりしものなるを知れり。浅草公園の芸人に東京生まれのもの少なきも今は怪しむに足らざるなり。時代の趣味の低落せしも故なきに非ず。今日の新政治も田舎漢の作り出せしものと思えばさして驚くにも及ばず(11.16)
・ 此の頃は・・・食物売る家の店先はいずこも雑踏すること甚だし。餓鬼道の浅ましさを見るが如し。町の角々には年賀状を廃せよ国債を買え健全なる娯楽をつくれなど勝手放題出放題の事書きたる立て札を出したり(12.13)
・ 世上の噂をきくに発句をつくるものども寄合いて日本俳家協会とやら称する組合を作り反社会的または廃頽的傾向を有する発句を禁止する規則をつくりし由。この人々は発句の根本に反社会的のものあるを知らざるが如し(12.22)


○ 昭和16年
・ 此の如き心の自由、空想の自由のみはいかに暴悪なる政府の権力とても之を束縛すること能わざるべし。人の命ある限り自由は滅びず(1.1)
・ 銀座竹葉亭に飯す。米不足なりとて芋を混ぜたる飯を丼に盛りて出す(1.15)
・ この頃東京市中いづこの米屋にも米少なく一度に5升より多くは売らぬ故人数多き家は毎日のように米屋に米買いに行く由。白米不足の原因は之を独逸に輸出する為なりと云う。(1.25)
・ 公開の場所にて朝鮮語を用い歌うたうことは厳禁せられいると答えさして憤る様子もなし。余は言い難き悲痛の感に打たれざるを得ざりき。韓国の名は既に亡びて存せずその民族は祖先伝来の言語歌謡を禁ぜられる。悲しむべきの限りなきや。米国政府はキューバ島の民がその国の言語を使用しその民謡を歌うことを禁ぜざりしときけり。自由の国に永遠の光栄あらんことを(2.4)
・ なじみの家に立ち寄るに、飯炊きの老婆茶を汲みながら昔はどこへ行こうがお米とお天道様はついて回るといいましたが今はそうも行かなくなりました。お米は静養に売るから足りなくなるという話。困ったものだと言えり。怨嗟の声この陋巷にてもかいかるるようになりしなり。軍人執権の世いよいよ末近くなれり。(2.24)
・ 円タクの運転手、ガソリンも米も煙草も皆不足なれど女ばかりは不足せず。米屋酒は節約せよとの命令なれど子供は無暗にふやすが忠義だと言う事。松の実やにんにくくらいでは命のほうがつづきませんと語れり(5.12)
・ 昭和14年7月より毎月一日及七日を奉公日と称して酒煙草を売ることを禁ずる。
  軍人への申し訳に此の如き禁欲日を設けるにいたりしという(7.5)
・ 官衙の門墻を見るに今まで鉄の鋳物なりしを悉く木製に取り替えたり。日比谷公園の墻は竹になしたり。これ米国より鉄くず輸出を断られし為なるべく我国物資の欠乏察するに余りあり。過日荒物屋に行きしに魚串金網の類久しき前より製造禁止となれりといえり(8.19)
・ 日用品の欠乏につれ人心の不安益々甚だしく今年暮あたりには銀行預金の払い戻しにも制限の加えらるる恐れありとて、市中の商家にては紙幣を田舎へ持ち運ぶもの少なからぬ由。東京の家にかくし置くときは空襲火災の虞ありとのことなり(8.25)
・ 日米開戦の噂頻なり(9.3)
・ 日米開戦の新聞号外出づ。帰途銀座食堂にて食事中灯火管制となり街頭商店の灯追々消えゆきしが・・・銃客押し合う中に金切り声を上げて演説を為す愛国者あり(12.8)
・ 開戦以来世の中火の消えたように静かなり。・・・六区の人出平日と変わりなくオペラ館楽屋の雑談また平日の如く恐怖感激興奮の気味更になし(12.11)


○ 昭和17年
・ 塵紙石鹸歯磨配給切符制になるとの風説あり。これらの品昨夜中にいづこの店にも見えずなりしという。塵紙懐紙なくなり銭湯休日多くなる。戦勝国婦女子の不潔察すべし(1.23)
・ 余が実収の大半は税金として徴発せらる。戦乱の被害愈々甚だし。世の噂を聞くに日本橋通りの山形屋・・・の如き江戸時代よりの旧家重税の負担に堪えず閉店せしと云う(7.16)


○ 昭和18年
・ 「噂のききがき」
  良家の妻女に槍でつくけいこをさせるとは滑稽至極。(2.19)
・ 怪談話の上演禁止の当局の指示(理由は迷信を信じるのは国策に反する)を批判して、「軍人政府のなすところを見るに事の大小に関せず愚劣野卑にて国家的品位を保つもの殆なし。・・・現代の日本の如く低劣滑稽なる政策の行われしことは未だ寡てその例を見ず」(6.25)
・ 米国飛行機の襲来近きにありとて家族を郊外に移転せしむるもの少なからず。軍人にて近郊に家を移すもの案外多しと言う(8.31)
・ 十月中には米国飛行機必ず襲来すべしとの風説あり。上野領国の両駅避難の人々にて俄に雑踏しはじめたと云う(9.28)
・ 現代の日本人が支那大陸及び南洋諸島を侵略せしとは・・・(10.12)
・ 配給。甘藷3本(価10銭)。これ三日間の惣菜なり。(11.3)
・ 今秋国民兵召集以来専制政治の害毒社会の各方面に波及するに至れり。親は44,5歳にて祖先伝来の家業を失いて職工となり、その子は16,7より学業を棄て職工より兵卒となりて戦地に死し、母は食物なく幼児の養育に苦しむ。国を挙げて人皆重税の負担に堪えざらんとす。今は勝敗を問わず唯一日も早く戦争の終了を待つのみなり。・・・今日軍人政府の為すところは強秦の政治に似たり。国内の文学芸術の撲滅をなしたる後は必ず劇場の閉鎖を断行し債券を焼き私有財産の取り上げをなさでは止まざるべし。(12.31)


○ 昭和19年
・ 町会より押し売りの債券140円を日本橋仲買店赤木屋にて現金に替う(105円)(2.8)
・ 凡そ此の度開戦以来現代民衆の信条ほど解し難きはなし。多年せいかつせし職業を奪われ徴集せらるるもさして悲しまず、空襲近しと言われても亦更に驚き騒がず。何事の起こり来るも唯成り行きにまかせて寸毫の感激を催すことなきが如し。之現代一般の世相なるべく全く不可解の状態なり(3.24)
・ 食料品の欠乏日を追う甚だしくなるにつれ軍部に対する反感漸く激しくなり行くが如し。市中到る所疎開空襲必至の掲示を見る。一昨年4月敵機襲来の後市外へ転居するものを見れば卑怯といい非国民と罵りしに昨年冬より俄に疎開の語をつくりだし民家離散取り払いを迫る。朝令暮改笑うべきなり(4.10)
・ 浅草の警察による鳩狩の話。日米戦争は本年にいたりて先東京住民の追い払いとなり次いで神社仏閣の鳩狩となる(5.19)
・ 過去を顧みるに日本の文化は海外思想の感化を受ける間にのみ発展せしなり。・・。例示として→仏教盛んなときの奈良朝、儒教盛んな江戸時代、西洋文化輸入時代の明治―。 乱を好むことは此の国の特質なるべし。(8.4)
・ 崖下なる貧家の子供78人堀を攀じ宮様の裏庭に忍び入り椎の実を拾い集めて食えり。・・・顔色蒼白一見して欠食児童なるを知る。麻布の町中にか今まで曽て見ざりしところなり(10.8)
・ 夜十時警報あり。忽解除。夜半過また警報。砲声頻りなり。かくの如くにして昭和19年は尽きて落莫たる新年は来らむとす。我国開闢以来未曽なかりしことなり。是皆軍人の為すところ。其の罪永く銘記せざるべからず(12.31)


○ 昭和20年
・ 木戸氏来話。・・・戦争も本年8月頃までには敗北して終局となるべしという(1.16)
・ 去夏種田氏召集せられ、琉球のある島に派遣せられしが、銃剣の代わりに唯その形をした木製の棒を与えられしのみ。武器の欠乏あわれむべしと語れ理(1.23)
・ 午前中水道枯渇す。去月15日大空襲ありてよりガスなくなり、毎日炊事を為すに取り壊し家屋の木屑を拾い集めて燃すなり。敗戦国の生活、水なく火なく、悲惨のきわみに達したりと謂うべし(5.1)
・ 新聞紙ヒットラ、ムッソリニの二凶戦い敗れて死したる由報ず。天網疎ならず平和克復の日も遠気にあらざるべし(5.3)
・ 近日見聞録(5.8)
  東京市街焦土となりてより戦争の前途を口にするもの、憲兵署に引致せられ、又郵便の検閲を受け罰せらるる者甚だ多しと云う。
・ 東京都市の危険刻甚だしく、世田谷の郊外も既に避難の地にあらずとて近隣一帯人心恟々たり。・・・毎夜月良く折々梟の鳴くを聞く。東都の滅亡を弔うものの如し(5.30)。
・ 大阪のビラ(見聞録)(7.31)
「・・・軍閥がその発言の自由を拘束し荒木の如き人間が日本を軍事的敗北に導いたのである。・・・言論の自由と自由主義政府を再び確立することが日本の将来を保障する唯一の道である・・・」
・ 数日前広島市焼滅以後、岡山の人再び戦々恐々。流言飛語百出巣(8.10)
・ 最終列車に米軍兵士多数乗り込んできて日本人乗客やむを得ず駅の構内に一夜を明かしたことをつかまえて、「これまた曾って満州において常に日本人のその国の人に対してなせし所。因果応報というべきか」(9.10)
・ 農家へ買出しに行きても麦芋の如き主食物を得ること容易にあらず。国民飢餓の日刻々に来たれりと云う。戦後の世情、一つとして傷心の種ならぬは無し。昨日まで撃ちてしやまんと軍国主義を謳歌せし国民忽ち豹変して自由民権を説く(9.16)
・ 上野公園及び地下鉄道構内には家なく食なきもの多く集まり、旅客の弁当など広げて食べるを見るや、一人二人と次第に集まり来たり、遂に食物を奪い去る由。目下東京市中最惨鼻の光景を呈するところは上野なるべしと云う(11.8)
・ 夜小泉八雲訳するところのピエールロチの文抄をよむ。枕上久しぶりにて除夜の鐘を聞く(12.31)

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