平凡な私
本を読んで暇を潰すことが多かったように思う。
うちの家は、現代ではありえないが、未就学児の姉妹を残して
どこかに遊びに行くような家庭だった。
私はアウトドア派ではなかったし、
なんとなく外に遊びに行くのが怖かったから、
妹と父や母が帰ってくるまで、家の中で遊んで待つことが多かった。
いや、外が怖かったというより、
もし、両親が帰ってきた時に
自分たちが家にいなかったら?
またどこかに行ってしまうのではないか、
もう2度と会えないんじゃないかと不安だった。
遊ぶと言っても二間しかないアパート。
大した遊びもないので
私は妹に読み聞かせをするのが好きだった。
うちは貧乏なのに、
本好きの母が本代だけは惜しみなく出してくれていたので
家はいろんな本で溢れていた。
ん…いろんな本は違うか。
母はファンタジーが好きだった。
ミステリー小説も。
あとは少女漫画と、SFか。
まぁ、そんな感じで私の読む本はフィクションに溢れていた。
(私個人は図鑑オタクだったが)
そう、話は逸れたけど、やることもなかったから妹に絵本を読み、
飽きさせないように、いかに感情を込め、楽しそうに読むか
そればっかり気にしていた。
飽きられては困るし、母がいないことに気を取られるのも困る。
私がなんとかこの時間を繋がないと。
あれは何歳の頃だろうか。
4歳?5歳にはなってないないはず。
何度も読んだ絵本は今でも覚えているし、
妹が笑ってくれたところも覚えてる。
嬉しさと、不安と、寂しさと、焦っているような変な感覚も。
この読み聞かせはいつまで続いたのか。
妹が小学校に上がるまでやっていた気がする。
さすがに小学生にもなれば、絵本は読まないし、
妹も立派に本の虫になってたし。
彼女の愛読書はドラえもんだったけど。
小さい時から本を読んでいてよかった。
本を読んでいたから、
私は自分が平凡な子どもだと思って育った。
ヘレン・ケラーのように聴覚視覚が奪われたわけでもない。
マッチを売りに行かなくてもいいし、悲しい最後を迎えるわけではない。
アンネのように戦争に巻き込まれたわけでもないし。
そう思って両親のいない家で
まだ言葉もろくに話せない妹に絵本を読んでいた。
私はごく平凡な家庭に育って、ごく平凡な生活を送っている。
本に出てくるような
子どもたちのように、何一つ苦労なんかしていない。
それなのに、なんだか寂しいなんて思ったらおかしい。
体も元気だし、住む家だってある。
私は妹がいるし、一人じゃない。
そうでしょ。
小さい時からそう思っていたから
別に平気だった。
父が酒が飲んで暴れるのはよく見るテンプレだし
父が母を殴ることも、母が家出してしまうことも
そんなこともあるよね、と受け止める。
これくらいはよくあること。
本にもそんな話がよく出てくる。
でも私は恵まれているのだ。
父の機嫌を損ねて
下着姿で雪の中に放り出されても、
父が寝たら母が迎えにきてくれる。
1時間か2時間待つだけで良い。
そのまま凍えて死んじゃったりしない。
だから私は平凡。ごく普通。
本で読んだ不幸な子たちを思うと
そんなことで泣いている自分が恥ずかしくなる。
これくらいは普通でよくあること。
私が泣いたら、本で読んだあの子はどうなるの?
このくらいは悲しくない。
このくらいはよくあることだから。
私でいい。
妹に何もなければ。
だから何というわけでもなく、
本を読んでいたから、
自分が不幸だとも思わず、
苦しいと思わず、
嫌になった時は本の中に逃げることもできた。
本を読んでいて良かった。
ふと、そう思った。