【小説】秀頼と家康の会見⑤
秀頼は、相対する相手をじっとみつめた。頭を垂れるその姿勢は一見すると主君を敬う家臣のそれであったが、その内側にある野心を隠さんとするもでもあった。
面をあげよ
秀頼は柔らかに声を放った。居丈高な調子も衒いもなかった。秀頼は家康を一人の武将として、丁重に対応したいと考えていた。それが戦国乱世であった。
江戸での暮らしはいかがだろうか。
.....はい、ただただ広い平野でござる。今は多くの陣夫を雇い、町づくりをしております。
かてつはヤマトタケルも遠征に赴いた地であるという。家康公がつくる江戸という街を見てみたいものだ。
いつでもお待ちしております。秀頼様もきっと気にいることでございましょう。
それは楽しみだ。私は京都・大坂を離れたことがなく、世間をしらない。人々が日々どのように生活を営み、喜びや生きがいを得ているのか知らぬ。家康公は多くの経験をしてきたと思うが、人の世の本質は何だと思う?
それは難しい問いでござる。天下も人の心も動きまする。人の世の本質を見極めることは経験の浅いこの家康には図りかねまする。
……そうか、家康公にも分からぬとなると、人の世は実に捉え難きものだのであろう。だが、余は天下の主である以上、人の世の本質を見極め、人々が安んじられる世を作っていきたいと考えている。
……そのためには、政治の仕組みや経済が安定する手立て、人々が武器を持たずにすむような治安の対策など、整備することは多くありますな。
そちの言う通りだ。これまでの様に家や派閥にとらわれず、皆で知恵を出し合い、万国対峙できる国を作っていくことが求められる。豊臣と徳川、共に手を携え、天下を納めていくことは可能であろうか?
秀頼の眼差しがまっすぐと家康を捉えた。秀頼の純真な心は、その全てを、その目が投影していた。野心のない、ただひたすらに天下国家のためを考える主人の姿であった。生まれながらの天下の主を受け入れ、ひたすらに私を殺し、公であることに徹してきた。そして秀頼の度量や懐はそれに耐えうる大きさを持っていた。
これは……
家康は言葉を失った。秀頼に私心のないことがはっきりと分かったのだ。しかし、徳川の世において豊臣は楔である。秀頼は私心がなく、ただひたすらに天下の主であることを受け入れている。だが、その肩に乗せた重荷を下ろせるかどうかが、豊臣が存続できるかどうかの分かれ目であろう。天下の主は二人とていらぬのだ。そう思い定め、家康は言葉を繋いだ。