ビジネス会話に潜む詭弁・誤謬を見抜く方法
1. はじめに
詭弁と誤謬とは?
私達が日常や、ビジネスの会話で感じる「なんかおかしいな」という瞬間。それは「詭弁」や「誤謬」と呼ばれるものかもしれません。これらの言葉自体は余り馴染みがないかもしれませんが、それらは我々が日常でしばしば遭遇するものです。
詭弁とは、論理的でない議論を使って相手を誤解に導く技巧のこと。誤謬とは、論理的に誤った議論のことを指します。これらの手法は、無意識に使うことで論理的な誤りを犯してしまう場合もありますし、意図的に他人の意見を封じ込めたり、自分の意見を正当化するために使われることもあります。
ビジネスシーンでのその危険性
ビジネスの現場では、正確な情報と論理的な判断が求められます。しかし、詭弁や誤謬が巧妙に使われると、その結果として誤った意思決定をすることがあるかもしれません。例えば、新しいプロジェクトの採用や提携先の選定、商品のプロモーション戦略など、重要な決定が誤った議論に基づいて行われると、会社全体の利益や評価に大きな悪影響を及ぼす可能性があります。
この記事では、ビジネスシーンでの議論や会話に隠れている詭弁や誤謬を明らかにし、それを見抜く方法や正しい議論のためのヒントを紹介していきます。
2. ビジネスでよく見られる詭弁・誤謬
誤謬や詭弁の種類は数多く、書籍によっては 200 近い種類があるとも言われています。その中でも特に出会う機会の多い 7 種類の詭弁・誤謬をここでは紹介します。
1. ストローマンの誤謬 (Strawman Fallacy)
この誤謬は、相手の実際の主張や意見を歪めて、その歪んだ主張に反論する方法を指します。まるで、相手の意見を「わざと弱く作った藁の人形」として扱い、それを打ち倒すかのような行為です。
Bさんは、A さんの「過去のデータを元に戦略を考える」という提案を、それを「失敗を繰り返す」と解釈して反論しています。A さんの提案がデータを参考にするという内容であるにも関わらず、それを「失敗を繰り返す」という意味に変えて反論しています。
B さんは A さんの「製品の改善点を見直し」という意見を「製品がダメで全否定」という極端な形に曲げて反論しています。A さんが提案したのは単に改善のための見直しであり、製品全体を否定するものではありません。
使われやすい場面・対処法:
ストローマンの誤謬は、相手の主張を正確に理解せず、または意図的に歪曲したい場面や、直接的な反論が難しいと感じる時に発生しやすいです。攻撃されている「ストローマン」が実際の主張と似ているため、気づきづらいのが特徴です。この誤謬に気づいた場合は、歪曲された部分を修正し、元の主張に基づいて議論を進めるのが良いです。
2. 滑り坂の誤謬 (Slippery Slope)
この誤謬は、一つの行動や出来事が必ずしも根拠なく、連鎖的に大きな問題を引き起こすと過度に主張することを指します。
B さんは A 社の小さなコスト削減提案を基に、未来の大きな悪影響を予測しています。しかし、その小さなコスト削減が本当に大きな影響を及ぼすかの明確な根拠が示されていません。
D さんは C さんの喫煙エリア設置の提案を基に、それが未来の大きな問題を引き起こすと予測しています。しかし、新しいエリア設置が全体の喫煙ポリシーの変更に繋がる明確な根拠は示されていません。
使われやすい場面・対処法:
滑り坂の誤謬は、未来の出来事や結果を根拠なく大げさに言い過ぎることで、知らず知らずのうちに使ってしまうことがあります。しかし、大変なことが本当に起こるかどうかの明確な根拠がない場合、それはこの誤謬になります。また、人を説得したいときや、特定の結果を恐れさせたいときに、この誤謬を意図的に使われる場合もあります。
この誤謬を自分が使ってしまっていないか、または相手が使っているのかを気づくためには、「なぜそう考えるのか」や「ちゃんとした理由はあるのか」を確認することが大切です。もし、しっかりとした理由や根拠が見当たらない場合、その考えや主張に疑問を持ち、もう一度よく考え直すと良いです。
3. 偽の二択 (False Dilemma)
この誤謬は、存在する多数の選択肢や解決策の中から、わざと限定された 2 つだけを提示し、他の選択肢を無視または隠蔽することを指します。このような提示は判断を誤らせる可能性があります。
B さんは新しいツールの導入とプロジェクトの遅延を二者択一の問題として提示していますが、実際にはツールの導入以外にも遅延を解消する方法や策が考えられる。
F さんはストレス対策と部署の退職を二者択一の選択として提示していますが、実際には、職場環境の改善、業務の再編成、メンタルヘルスのサポートなど、他の多くの対策が考えられる。
使われやすい場面・対処法:
偽の二者択一は、限定的な選択肢しか考慮していない場合や、他の選択肢を意図的に無視したい場面で出てきます。提供された選択肢に集中してしまい、他の選択肢の存在を見逃すことで、この誤謬・詭弁に気づきづらいです。気づくためには選択肢が提示された場合には、他の可能な選択肢や解決策を探る癖をつけることが必要です。もし気づいた場合は、他の選択肢や考慮点を提示して、議論を広げるのが適切です。
4. 循環論法 (Circular Reasoning)
循環論法は、主張の正当性を証明するための根拠として、その主張自体を使ってしまう誤謬です。結果として、議論が前に進展しないまま、同じ情報を繰り返す状態になります。
A 社は「最高」という表現を使いつつ、それがなぜ「最高」であるのかの具体的な理由や証拠を示していません。
B 部署はその戦略が効果的であると主張しているが、なぜそれが効果的であるのか、また、どのように成功をもたらすのかについての具体的な理由やデータを示していない。
使われやすい場面・対処法:
循環論法は、証拠や根拠が不足している時、もしくは存在しない場合に無意識に用いられることが多いです。一つの主張が何度も繰り返されると、その主張が正しいと勘違いするリスクが生じます。この誤謬を避けるためには、主張の裏付けとして具体的な証拠や根拠を要求することが必要です。
5. レッテル貼り (Labeling)
この誤謬は、相手の属性や所属、経験などの特定のラベルを強調し、そのラベルのステレオタイプに基づいて相手の意見や行動を一律に判断する手法です。
A さんは提案の内容そのものやその実用性について評価することなく、"若手"というラベルを使って一律の判断を下している。
C さんは B さんの意見や疑問に直接的に答えることなく、"古い世代"というラベルを使って意見を一律に判断している。
使われやすい場面・対処法:
レッテル貼りは、実際の議論や問題の核心から逸らすため、または相手を軽視したい場面でよく用いられます。この誤謬は、社会や文化の中でよく受け入れられているイメージや考え方をもとにすることが多く、一見するとそれが誤った考え方だと気づきにくいことがあります。議論の核心や事実に集中し、人物や属性よりも内容を優先することで、この誤謬を回避することができます。
攻撃しやすいレッテルを張って攻撃するため、ストローマンの誤謬とも捉えることができます。
6. 前後即因果の誤謬 (Post Hoc Ergo Propter Hoc)
この誤謬は、ある事象 A が他の事象 B の前に起こったという理由だけで、A が B の原因であると結論づける方法を指します。その名前はラテン語で「これの後、それゆえにこれによって」という意味です。
A さんは黒い服を着た後に取引が成功したという事実に基づき、黒い服が取引の成功の原因であると結論づけています。しかし、取引の成功には多くの要因が考えられ、服の色だけが原因であるとは言えません。
B さんはショッピングモールの出現後に犯罪率が上昇したという事実に基づき、モールが犯罪の増加の原因であると結論づけています。しかし、犯罪率の上昇には様々な背景や要因が存在する可能性があり、ショッピングモールが直接の原因であると断定するのは早計です。
使われやすい場面・対処法:
前後即因果の誤謬は、因果関係を簡単に結びつけたい場合や、特定の事象を強調したいときに起こりやすいです。実際の因果関係を正確に把握することは難しいため、単純な関連性だけで結論を急ぐと、この誤謬に陥るリスクがあります。事象の間の関連性を示すデータや情報を検証し、他の要因も考慮に入れることで、この誤謬を避けることができます。
7. 誤った一般化 (Hasty Generalization)
この誤謬は、限定された情報やデータ、または個々の事例を基にして、広範な一般的な結論を急いで導き出す方法を指します。その結論は、情報が不足しているために誤りやすいです。
A さんは 2 人の後輩の遅刻を基に、全ての若者が時間にルーズであると一般化しています。しかしこの 2 人の行動を、全ての若者の態度として捉えるのは不適切です。
B さんは訪れた一つの都市での食事の経験を基に、その国全体の料理が美味しくないと一般化しています。一つの都市での経験だけで全国の料理を評価するのは早計です。
使われやすい場面・対処法:
誤った一般化は、情報や経験が限られている場合や、特定の印象やステレオタイプを強調したい場合に発生しやすいです。先入観や偏見に基づいて一般化することが多く、そのため誤解や誤情報が広がるリスクがあります。この誤謬に陥らないためには、結論を導き出す前に十分な情報やデータを集めることが重要です。また、一般的な結論を導き出す際には、異なる視点や事例も考慮に入れることで、より公正で正確な結論を導くことができます。
詭弁・誤謬を防ぎながら議論を効果的に進めるコツ
それぞれの詭弁・誤謬がよく使われる場面や、それぞれの対策は説明しましたが、このような詭弁・誤謬を見抜き、適切に対応するための共通的な 8 つのコツについて説明します。
根拠の確認:
相手の言っていることが信じがたいときや、確かな情報に基づいているのか不明確な場合、その主張の根拠や情報源を尋ねることが重要です。このアプローチで、真実の部分をより明確にすることができます。共通の前提の確認:
議論を始める前に、お互いの認識が合っているか確認することは大切です。共通の前提を明らかにすることで、後で意見が食い違うことを避けることができます。情報源の明確化:
「聞いた話によると…」や「どこかで見たんだけど…」は、情報の正確さが疑われるときの典型的な言い回しです。確かな情報を共有するために、情報の出所を明らかにしましょう。中立的な視点の維持:
お互いの意見に固執すると、議論が進まなくなることがあります。そのときは、客観的な立場で外から 2 人の議論を見ているかのように、冷静に状況を考えることで、新しい視点が得られることがあります。論理的思考の訓練:
話の流れや理由をしっかりと理解するためには、論理的に考える能力が求められます。日常生活での疑問や矛盾を見つける練習をすることで、この能力を養うことができます。感情のコントロール:
議論がヒートアップすると、感情が高ぶって冷静な判断ができなくなることがあります。深呼吸をしたり、少し時間を置くなどして、落ち着いた状態で議論を続けることが大切です。明確な言葉の選択:
言葉の選び方一つで、相手にどんな印象を与えるかが変わります。曖昧な言葉よりも、具体的で明瞭な言葉を選ぶことで、誤解を避けることができます。議論の主要なテーマを意識:
話がどんどん広がって、最初のテーマを忘れてしまうことがよくあります。議論のテーマや目的を常に意識し、目的を見失わないようにしましょう。
まとめ
議論は情報や意見の交換の場であり、お互いに理解を深め合う手段です。しかし、しばしば詭弁や誤謬が議論の中に紛れ込むことがあり、その結果、議論が偏狭になったり、目的から逸れてしまうことも。そこで、詭弁や誤謬を避け、議論を建設的に進めるための 8 つのコツを紹介しました。
これらのコツを実践することで、より建設的かつ効果的な議論が展開できるでしょう。ビジネスの場面でのコミュニケーションを、これらのポイントを念頭に置いて進めることで、より良い結果を期待できます。