✨1つずつ…✨
低学年の頃
このお金を貯めて何に使う?
少ないお小遣いを貯めて
それを考えるのがとっても楽しかった。
文房具屋さんの
ガラス扉に入っている
“おままごと”
並べてあるのを
毎回眺めてみては
妹と一緒に遊びたいなあ〜
そんな風に感じて
お金をコツコツ貯めて購入した。
そして
手のひらより大きな
“クッキー缶”
“とっても美味しそう”
どうしても食べてみたくて
お金を貯めて購入した。
そのクッキーを
大事に大事に食べていたら
妹にこっそり食べられて
すぐさま
妹と喧嘩になった。
いまとなっては
ほんとうに懐かしい…
そんな思い出だ。
屋根は
トタン屋根
塗装は剥がれ
だれがみても
ぼろぼろで
台所の横に
“ぽん”と置かれただけの
小さな“お風呂”
そのお風呂には
ドアがついていなくて
入っている様子が丸見えだ。
だけど
幼いわたしは
ドアが“ない”
そこに不思議と
安心感を抱いていた。
そして
“平屋のぼろぼろのお家”
それが
わたしの“お家”だった。
どんな状況になろうが
常に母は
堂々としながら生きていた。
母と妹とわたしの三人で暮らした
ぼろぼろのお家の思い出は
わたしにとって
“大切な記憶の宝物”だ。
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思春期になり
“みんなが夢中になること”
“それ”に
興味が湧くことはほとんどなかった。
みんなが集まり
夢中になって
“楽しそうに話をしている”
そんな風景をみて
その世界は
“とっても楽しいのだろうな…”
そんな風に感じたとしても
わたしのこころが動くことはなかった。
だけど
目の前の友達を
否定したり
その世界を
“否定する”
そういう感覚も全くなくて
好きな世界を🌎
自由に生きていて
楽しそうで良かった✨
“人は人”
“わたしはわたし”だ✨✨
そう感じながら生きてきた。
大人になっても
その感覚は
ほとんど変わらなかった。
だけど
わたしに興味を持ってくださった方達の
世界には惹かれていった。
あなたの世界は
あなたが
生きてきた道は
どんな世界?🌎
そういう興味だけは湧き続けた。
だから
それを“聞くこと”
それがとっても楽しかった。
また
“知らないこと”
それを学ぶこともとっても楽しかった。
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中学生の頃から
ガスを止められたり
電話を止められたり
家賃滞納の紙を目にするたびに
もしものときは
“親を助けなければ”
そんな想いが強くなっていった。
自分の為に
“お金を使う”
そういう欲が
全くないわけではないが
そういう経験をほとんどしてこなかった。
そもそも
“お金を使いたい”
そんな感情が
ほとんど湧かなかった。
母を“助けなければ”
そんな風に感じていたとしても
母から
その“概念”を
押し付けられたわけでは一切ない。
必要な瞬間がきたら
そのときは“助けよう”
そんな軽い感覚だった。
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結婚をしてからも
向ける方向が変わるだけで
わたし自身は
あんまり変わらなかった。
お小遣いをコツコツ貯めて
“ビーズを購入する”
それが楽しみの1つになった。
だけど
Instagramを通じて
たくさんの人達と“触れ合う”
それも楽しみの1つになった。
1つずつ
1つずつ…
楽しみが増えていった。
楽しみが
1つずつ増えていくと同時に
楽しい思い出が
1つずつ
1つずつ…
増えていった。
これまでの人生は
わたし自身
とっても満足をしている。
だけど
わたしの人生は
これからが本番だとも感じている。
わたしは
1人の“表現者”として
これからも書いていく。
そして
1つずつ
1つずつ…
たくさんの
“体験”を増やして
わたしらしく
わたしの世界🌎を
常に本気で
楽しみながら生きていく…✨✨
〜おわり〜
Yuzu.yuzu.. “なみ”