雨の土曜日
朝から雨が続いている。
目的もなく走らせた車は私を遠くに連れていってはくれるけれど、ときめきや発見を与えてくれるわけではなかった。
知っているようで知らない道の赤信号に出会うたびにコマーシャルのように流れていた思考が途切れ、また流れ出す。
車を降りようとすると雨足が強くなる。
さっきまで小降りだったのに、と皮肉を込めて傘は車内に置いていく。
チェーン店の回転寿司屋。駆け込んだ店内は、遅めの朝食とも早めの昼食ともいえる中途半端な時間帯だからか土日なのに客が少ない。
こういう気分の日は食べてやる!と息巻いてタッチ式のオーダー画面でいつものメニューを注文。お皿が到着するまでの間に緑茶を一口すする。
11月の雨は少し濡れただけでも体を冷たくして、喉から伝わってくるあたたかさにホッとする。
途中で汁物も注文したら意外とすぐに満腹感を覚えて、予定していたよりも早く店を出た。夕飯をどうしようか考えながら近くのスーパーに寄ることにした。
お菓子売り場の近くで、小さい男の子がさらに小さい男の子をカートに乗せて一生懸命に押していた。
すれ違い、隣の売り場に差しかかったところで何かが通路に落ちていることに気付いた。
片方だけの小さい長靴が、今日の天気を思わせるようなくすんだ水色をしてぺたりと横に倒れている。
すぐに振り返ると、先ほどの男の子がまだ近くにいた。思った通り同じ色の長靴がカートの下段に乗っている。
私は落ちていた長靴を拾い上げて「お兄ちゃん、お兄ちゃん」と声をかけた。カートを押していた男の子が気付いて足を止める。
「落ちてたから、ここに乗せておくね」
手にしていた長靴をもう片方の隣に置くと、男の子はふにゃりと笑って「ありがとう」と言い、つづいてお母さんらしき人も近くから現れて「すみません」と頭を下げた。
ただそれだけのことなのだけれど、計画もなく過ごしていた今日の時間に意味があるように思えた。
私でなくても誰かが拾ったかもしれないし、落としたことに気付いたお母さんが売り場に戻ってきたかもしれない。
でも今、私がここにいなかったら、そのままずっと忘れられていたかもしれない。
鍋の材料を買って駐車場に出ると、雨は弱まっていた。
車を走らせる。行きの道よりも心が軽くなっているのが分かる。
そういえば、キャラメルラテのスティックが家に残っていたはず。帰ったらお湯を沸かそう。
ワイパーに弾かれる雨粒がまた大きくなったけれど、もう気にならなかった。私はキャラメルの甘さを想像しながら青信号の道を進んだ。